‥‥‥幼い兄妹と別れた後、シャナンに少しの間見送られ、デューは修道院を後にした。別れの際に至るその時まで、しばし二人とも無言であった。いざデューが旅立とうとする時にも、二人は先程の子ども二人とのやりとりの事には触れず、シャナンは彼に今後のおおまかな予定を訪ね、デューがそれに簡単に答えるのみであった。そして、デューが立ち去ろうとしたその際になって、シャナンはとうとう、その件にほんの少しだけ触れた。

「どうして名乗らないのさ?」
 残念そうに、だが既に諦めきった声で、シャナンは問いかけた。
 あれほど親しかったエーディンにすら会おうとしないのだから、その子ども達に名乗らなかったとしても、別に不思議は無い。だが、納得が先にあるからといって、理由がわかる訳でもない。だから、彼は訪ねた。
 デューは微苦笑して答えた。
「別に、名乗るのが嫌だって訳じゃないんだけどね‥‥‥。」
 そこまで言うと、なんと言って説明しようか、その言葉を探す様に、デューは一度黙り込んだ。そして、また寂しげな笑みをこぼして、再び口を開いた。
「名乗ったら、どうしても昔の事話さなくちゃいけないから。‥‥‥少なくとも、今は訊かれたくなくてね。」
「‥‥‥‥。」

 シャナンはもうそれ以上訊ねようとはしなかったのに、デューは話すのをやめなかった。
「あの人はもう笑わない。あの不器用者はもういない。‥‥‥あの子達に昔の事を話したら、その事ばかり考えるだろうから。」
 言葉を切りシャナンの方を向いて、彼が何も答えないでいるのを見ると、デューは微苦笑して、数歩、前に歩いた。
「何かに思い入れる事なんて、今までは無かったんだけどね‥‥‥。‥‥‥オイラには、王子様や騎士様みたいに、命懸けでしたい事がある訳じゃないから。そんなの、オイラの柄じゃないし。」
「‥‥‥デュー」
 デューの後ろ姿に向かって、シャナンは声をかけた。
「いつか、必ずまた来てよ。きっと皆、話を聞きたがる。‥‥‥昔の事も、これから見るものの事も。」
「‥‥‥。」
 シャナンが喋り終えた所で振り向くと、デューは小さく笑った。
「‥‥‥ああ、そのうちに来るよ、必ず。‥‥‥『またね』、シャナン。オイフェにも、よろしく伝えて。」




 シャナンと別れて一刻程後、とりたててこれといった宛ての無い旅路を行きながら、デューはふと、足を止めた。
 立ち止まった彼の傍らには、一件の教会があった。無論のこと、彼が先程後にした院ではなく、遠く離れた町へ向かう街道の途中に、旅人が立ち寄れるようにと建てられた別の教会だった。
 しかし、デューはそれを見てシャナンやオイフェの事を思い出し、幼い兄妹の事を思い出し、それからその両親と、彼の『昔』に想いを馳せた。もともと彼に縁遠いものであった筈の教会は、今では奇妙な形で、彼の思いの向かうものの一部を占めていた。

『 ―――ねぇ、何をお願いしたの?』

 彼の脳裏に浮かんだその女性は、記憶の中で、まるで白い花が咲いた様に、優しく美しく笑っていた。そして、彼女の傍らには無愛想な青年がいた。窓から差し込む光に照らされて、彼は暖かな空気の中にいた。しかし、それはもう失われた、過去の映像の欠片に過ぎなかった。
 デューは教会の窓を見上げた。控えめな装飾の飾り窓が、午後の日射しをあびて、彼に光を投げかけている。今、じっとそれを見上げている彼の目に映るのは、それでも目の前の見知らぬ教会ではなく、笑えば白い花の様になる修道女の祈りを捧げている姿だった。そして、彼にしょっちゅう呆れた様な視線を向けていた若者だった。

「‥‥‥本当に。何かに思い入れる様な事なんて、まず無いと思ったのに。」
 脳裏に響いた声、そして思い浮かんだ情景に、彼は苦笑し、独り言をした。
「別れた人をこんなに惜しむ事も、無いと思ったのに。」
 目元に、違和感があった。




「‥‥‥感傷に浸るなんて、らしくないよなぁ。なんで、今更‥‥‥。」
 頬を一筋、熱いものが流れていったのに気付いて、彼は苦笑した。口元は笑みの形のままで、それでもその熱いものはすぐには止まらなかった。
「バーハラでの事を聞いてから、どうせこんな事だろうと思ってたんだ。なのに、どうして今更‥‥‥‥。」
 今更、どうして。そう思いながら、彼は手で目元をこすった。頬に残った濡れた後が拭われて、またその後を新たに熱いものが流れて行った。

 空虚な笑みは、そのままで。
 その場所で、ほんの少しの間、彼は泣いた。






『早く行っちまいな。』

 「何があっても生き延びて」と、今更こんな事を言って、何になるんだろう。
 本当にそれを言ってやりたかったのは、あの子ども達じゃなかった。

『あなたも、お祈りをしたら?』
 
 ねぇ、エーディンさん。
 やっぱり、オイラの「お祈り」なんか、神様は喜ばないし、聞いちゃくれないよ。
 あんなに真摯な貴女の祈りさえ、聞き届けられはしないんだから。






 たった一つ、それ以外に「神様」に感謝する事なんてない。
 最初で最後の願いごとで、助けて欲しかったのは自分じゃない。

 叶って欲しかったのは、ただ‥‥‥






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寄り道する?










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