会話が途切れ、少しの間、二人は黙り込んでいた。
 やがてその沈黙に耐えかねたか、今度はシャナンが口を開いた。

「‥‥‥そうだ。もう、セリス達は遊びに出た頃だと思う‥‥‥エーディンにも会うよね?声かけてくるよ。」
「あ、待って。」
 言うなり立ち上がり、部屋を出て行こうとしたシャナンを呼び止め、デューは少し考え込んだ。

「‥‥‥どうしたんだよ。エーディンも喜ぶのに‥‥‥早く会ってあげてよ。」
 勢いに水を差されたせいか、シャナンはやや不満そうにデューの方を向いた。デューは何か考え事をしているのか、無言で、自分に向けられる漆黒の瞳の青年をじっと眺めている。

「‥‥‥ねぇ。」
 業を煮やしたシャナンが再び口を開きかけたその時、デューが彼に問いかけた。
「エーディンさんがここにいて、君が何も言わないって事は‥‥‥ジャムカも、イザークまで来なかったんだよね。」


「‥‥‥‥‥。」
 シャナンは黙り込んで、デューの表情を観察した。普段は明るく、人懐こい表情の似合う筈の彼の顔であったが、今はそれを思い浮かべる事も出来なそうな程、目に映る感情に欠けて見えた。
 ただ、下される事のわかりきった宣告を静かに待ち続けている、そういった彼のらしからぬ無表情を見て、シャナンは胸に小さな痛みを感じた。だが、この期に及んで伝えない訳にもいかない。

「‥‥‥少し前に、エーディンの所に密使が来たんだ。ヴェルダンから。」
「ヴェルダン?‥‥‥どうして彼処から?」
 不審そうに、デューは眉を顰めた。シャナンは直接は答えず、淡々と、彼が話すつもりでいた通りの順序で、言葉を続けた。
「エーディンの所に、キラーボウと、勇者の弓を持って来たんだ。グランベルから『遺品』と称して送りつけられたって。‥‥‥キラーボウ、壊れてた。」
「‥‥‥‥」
 眉を顰めたまま、だが今度は、デューは何も言わなかった。
 シャナンは静かに続けた。
「公然と此処を訪ねる訳には行かなかったけど、持ち主もいないのに、彼所に置いてあっても仕方が無いからって。‥‥‥エーディンと、子ども達の側に置くのが一番いいだろうからって。」



 シャナンはしばらくの間、じっと黙り込んでいるデューの様子を見ていた。声をかけるのを憚ったのだ。一方で、デューの方は、彼を見ていなかった。
 やがて、ゆっくりとした溜め息と、疲れた様な声がシャナンの耳に入ってきた。ゆっくりと彼の方を向くと、デューは、「大丈夫」というつもりなのか、苦笑してみせようとしたらしかった。だが、失敗している。
「ヴェルダンに送りつけた‥‥‥悪趣味な事するよね。」
 上手く形にならなかった微苦笑の欠片だけを表情に残して、言った。
「そっか。―――いなくなっちゃったのか。」

「‥‥‥デュー。」
 シャナンが気遣う様に声をかけると、やがて、デューはやや俯いて小さく息を吐き出してから少し頭を掻くと、今度はどうにか微笑んで、彼の方を向いた。

 泣いてはいなかった。



「‥‥‥それで、その後、エーディンさんは?」
「しばらく声をかけない方がいいと思って、僕もオイフェもそっとしておいた。ずっと部屋に閉じこもってたけど、そのうちに出て来て‥‥‥でも、なんか‥‥‥。」
 思い浮かべた事を何と表現していいのかわからないらしく、シャナンは一瞬、口籠った。
「‥‥‥なんとなく、いつも元気が無いような感じ。以前はすごく綺麗に笑う人だと思ってたけど、今は‥‥‥何か欠けちゃったみたいで。無理して笑ってる、とまでは言わないけど‥‥‥。」

「‥‥‥。」
 デューは再び、何かをじっと考え込んだ様だった。今度も話し掛けない方がいいと思い、シャナンは彼が自分から口を開くのを待った。

「‥‥‥シャナン。折角だけど。」
 しばらくして、デューはまた微苦笑しながら、シャナンの方を向いた。だが、続いた言葉を、シャナンは一瞬、自分の聞き間違いかと疑った。
「来たばっかりだけど、オイラ、日が暮れる前にここを立つよ。‥‥‥ごめん。エーディンさんには会えない。」



「‥‥‥なんで?」
 どうも聞き違いではなさそうだ。そうわかると同時に、シャナンは聞き返さずにはいられなかった。

「どうしてだよ。デューに会えば、少しは元気になるかもしれないのに。」
 やや非難がましい言い方をしたシャナンを見て、デューは苦笑した。
 肩を竦めて、寂し気に笑いながらあっさりと答える。
「余計悲しくなるだろうから。‥‥‥こっちの方がそんなんじゃ、エーディンさんも元気になるどころか、心配かけるばっかりだし。‥‥‥オイラじゃ慰めてあげられないよ。」
「‥‥‥‥。」
 エーディンはこの青年の顔を見ればきっと喜ぶ。そんな思いばかりが脳裏にあったシャナンには、デューの言葉はすぐには理解できない。だが、デューはそんな彼の内心を知っていてなお、エーディンとの面会を拒絶したのだった。
 彼の答えを聞いてもなおシャナンは何か言い返したい様だったが、それをせず、代わりに小さな溜め息をついた。
 言いたい事は沢山ある。だが、何を言ってもデューは今はエーディンには会うつもりは無いだろうと、そう思ったらしかった。
「‥‥‥なら、オイフェが帰るのも待たないのか。もうすぐ帰ってくると思うけど‥‥‥もう、出て行くの?」
「ん、もう戻るだろうって言うなら。オイフェによろしく言っておいて。でも、他の皆には内緒だよ。」
 そう言って、デューは笑った。シャナンは、笑い返す気にはなれなかった。

 そうと決めた後、デューは躊躇はしなかった。大きくもない荷物を手にとって、外していた外套を羽織り、様子を伺いに部屋を訪れた神父に簡単に挨拶を済ませる。もう出て行くのかと驚く神父を横目に、見送りをすると言い張ったシャナンを連れて、デューは教会の外へ出た。



「じゃぁ、また。気が向いたら、また来るよ。」
 普段と変わらぬ様な笑顔を浮かべるデューに、シャナンはまだ複雑な表情を向けていた。決してこのまま黙って旅立たせたくはなかったが、デューを留まらせ、仲間に合わせるための言葉も、シャナンは思い付かなかった。

 デューの顔つきが来た時とは変わっていた事に、今更ながらシャナンは気付いていた。エーディンが夫の訃報を聞いた時と同じ変化を、その顔に見た様な気がした。彼はエーディンよりも、そういった不幸に強い筈ではある。だが、現在のエーディンの様子それ自体も彼にとって「訃報」であった事を考えれば、それまでと同じ明るさを保てなくなるのは、あるいは当然なのかもしれない。

「‥‥‥あれ?」
 別れの挨拶を返さずにいたシャナンの目の前で、不意に、デューが呟いた。シャナンが「どうしたのさ」と問いかけると、デューは少し困惑した顔で、頬をかきながら答えた。
「困ったな、誰か来たみたいだ。‥‥‥でもオイフェじゃないだろうな、すごく軽い足音だったし。多分、小さな子どもが何人か。この辺の子かな?」
「それって‥‥‥」

 子どもの足音ときいて、シャナンが口を開こうとした時、足音の主が、その場に駆けてきた。



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