39.神技の王子 


 強くなれよ、レスター。
 俺よりも。他の、誰よりも。

 大切なもの全てを守れる様に。
 不条理な運命もその手で変えられる程に。
 願いを、叶えられる様に―――

 強くなれ。



「あなたの連れのその女性に標的を預け、的代わりになって頂こう。」

 そう言った後、ザハはレスターの様子をじっと見守っていた。
 彼等も気付いているだろう。レスターが撃ち損じれば、あの金の髪の少女の命はない。無論、そうなれば力量不足であるのは、言うまでもない事だ。
 かと言って、失敗を恐れてこの申し出を受けるのを躊躇う様ならば、彼にはもとより用はない。

 ‥‥‥それは、ザハが主人であり友人であった男の忘れ形見に向けた、好意の裏返しだったのかもしれなかった。
 傷つけたくなければ、去るがいいと。
 荒れ果てたこの地を離れてこそ、彼等が幸福になれる道はあるだろうから。


「‥‥‥‥‥‥。」
「如何。‥‥‥返事を訊こう。」
 無言でいたレスターに、ザハはそう言って返答を求めた。
 レスターはやはり少しの時間黙っていたが、僅かに顔を後方に向けたかとおもうとやがて口を開いた。
 パティに向かって。
「パティ、頼んでもいいか?」
 
 ‥‥‥レスターの言葉に、スカサハが口を開きかけて、やめた。だが、その顔には不安な様子が残っている。
 ザハは、眉を顰めて、目の前の青年の姿を眺めやった。
 パティがその言葉に黙り込み、上目遣いに恋人の顔を見上げる。
「‥‥‥信用して、いいよね?」
 僅かに不安のこもった声で言って、じっとレスターの瞳を見つめる。しかし、レスターは躊躇せず、笑顔で答えてみせた。
「大丈夫だ。‥‥‥俺を、誰だと思ってるんだ?」

 その言葉を聞いて、パティは一切の不安を忘れた様に、にこりと笑ってみせた。
「わかった。じゃぁ、行ってくるね。」


 パティが玉座の方へゆっくりと歩きだすのを見て、扉の側に控えていた兵士が、狼狽えた様にザハの方を向いた。本当に的を用意すべきなのか、問いたいのだろう。
 周囲は僅かにどよめいている。やめさせた方がいいのではないかと、そう囁く声がいくつも聞こえる。ザハと同じに、誰も彼がこの申し出を受けるとは思っていなかったのだろう。

「‥‥‥何故だ?」 
 ザハは思わず、レスターに問いかけた。
「その弓の事は御存じだろう。何故そうまでしてこの地にこだわる?ここは、あなたには何の所縁もない。他にどこでも迎えられる場所があるだろうに、近しいものの存在をかけてまで、何故この地を得ようとする。」
 何故、この地を去らないのかと。
 ‥‥‥訊ねられて、レスターはまた、穏やかに微笑んでみせた。矢筒から矢をとりだすと、静かに答えてみせる。
「‥‥‥私は、その近しい者と、自分自身の為にも、ここで退く訳には行かないんだ。‥‥‥力無き者の叫びを知っている。かつては自身がそうであったし、戦に出るようになってからはこの目で、そういった者達を見てきた。理不尽に平穏を奪われた、その痛みは私達も知っているから。‥‥‥今、それを忘れてこの地を見捨てれば、私達は何の為に戦ったのかわからなくなる。」
 そう言うと、レスターは小さく苦笑した。


「昔‥‥‥イザ−クで暮らしていた頃。色々な人に出逢って、色々な話を聞きました。」
 武器を手にしたその姿には、不似合いな程に穏やかな目をザハに向けて、レスターは話し始めた。

「土地にまつわる勇敢な戦士達の昔話、それに自分達が受け継いできた聖戦士の物語り。まだ幼かった子供に聞かせる沢山の話の中で―――『俺』や、一緒に暮らしてた皆が一番聞くのが好きだったのが、思い出を拙い言葉で語るだけの、母や養い親の話だったんです。俺達の、両親の話‥‥‥。」
 どれ程の困難の中であろうと、自分の力と生き方、そして側にいる仲間を信じて疑わなかった一人の騎士。
 動乱が起きなければ出会えなかった。それが決して平穏な生き方では無かったとしても、その運命を悔やむ事なく立ち向かおうとした、そんな戦士達の忘れ形見が自分なのだと思えればこそ。
 ‥‥‥自分だけの『答え』を探し求め、いつの日か取り戻そうとしていた安らぎと、それを与えてくれる全ての為に生きようとした、不器用な青年の物語。

「‥‥‥幼い頃から、どんな物語を聞いても、俺達にとって、育ててくれた人たちの聞かせてくれる親の話以上のものはなかった。俺にとって、父は‥‥‥たった一人の英雄だったんです。」
 ザハが訊ねる。
「‥‥‥何のために。誰のために、その意志を継ごうとする。己の戦いの意義を見い出す為か?それとも、かつての主の尽くす為か?‥‥‥或いは、肉親の願いに准ずる為か?」
「いいえ。‥‥‥己の存在をかけて。」
 レスターの答えに、ザハは一瞬、返す言葉を失った。その様子を見ながら、レスターは小さく笑った。
 どこか、寂しさを含んだ笑いだった。


「‥‥‥悲しいでしょう?自分の両親の夢が、忘れ去られ、消えてしまうのは。人の心が、すれ違ったままなのは。‥‥‥自分の存在が、否定されてしまうのは‥‥‥。」
 言われて、ザハは何かに気付いた様にレスターを見つめ直した。

 かつて彼の主人であった青年は、一体何の為に、傷をうけ、泥に塗れながらも、あの清廉な騎士の剣の元、弓を引き続けていたのだろうか。
 彼が、自身が納得のいくように変わるというから、ザハはそれを見送った。その道中が不穏なものになってからも、彼の意志に任せて、「国の事は心配するな」と伝えた。‥‥‥今では後悔も残るその行為の全ては、彼の望む様にさせてやりたいが為の事だった。では、何故彼はそれ程までにあの騎士と、その仲間達に執着していたのだろう。一体、何を見い出していたというのか。
 あの男はその想いを遂げた。彼とは、価値観からその半生まで、何もかもが違っていた金の髪の姫。傍目には奇妙とすら見えた二人は、バーハラの惨劇で分かたれるまで、その生涯を共にしたという。ぬぐい去れない執着も、悲しい過去も、他人の視線にも、それを曲げる事はなかった。
 息子が出来たと知らせて来た彼の手紙は、ザハの目にも幸せに溢れて見えたものだ。筆無精な青年が書いた長くも無い文章の端々から、ささやかな幸福の映像化されたものが、鮮明に脳裏に浮かんだ。

 彼にとって、宝であった者達。今ではもう決して相入れる事はないだろう隣国の、かつてはその姫であった乙女に、二人の間に生まれた二人の子供。何より愛した故郷で、彼等が何の憂いもなく幸福に暮らせる事。それは、あの青年が何より望んだに違いない事ではなかったかと、今更の様にザハは思い出していた。

 やげて、レスターが言った。
「自分が自分で在り続けるために。記憶にのこる姿はおぼろでも憧れつづけた、その人を超えるために。‥‥‥自分と、自分が大切にしたいと思った、その人達の為に‥‥‥俺は、父の意志を継ぎます。」


 この挑戦が、成功すれば。
 ‥‥‥ここにいるものは、この男に従うな。そう、ザハは思った。
 先程から、落ち着かない様子を見せている者が何人もいることに、彼は気付いていた。
 考えてみれば、彼は傭兵を雇っているにも関わらず、自分が率いていた筈の騎士団は誰一人連れてはこなかった。解放軍で彼が力ある弓騎士隊の長として評判を得ていた、その事は確かなのに。それが望まれない事を感じていたのだろうか。
 先程からの挙動、それに考える力において、少なくとも彼は慕われるだけの素質を備えている様だった。何より、彼の言葉も態度も、今までザハ達が見てきた異邦人達にない、真摯な思いを含んでいた事は、間違いなく見るものの心を動かしたに違いない。

 ‥‥‥もしかしたら、彼を拒んでいるのは俺だけなのかもしれないな。

 彼だけが、自分の望みはもう失われてしまったもので、他の何者もそれを蘇らせる事はできないと、そう感じているのかもしれなかった。他の誰もが、再生の望みのない日々を送るより、この青年にかけてみたいと思ったに違いない。
 彼等の中にある、一代の英雄であった男の記憶を持った、この青年に。
 
 ザハは、狼狽えた様子で立っていた兵士に指示を出し、的を持って来るように伝えた。慌てて別の部屋へ走り、王座へ近付いくと、兵士は用意した的を置いて下がった。
 パティが的を取り、両手で宙に掲げる。周囲の視線の集まる中、レスターの手にした暗い褐色をした弓に、一本の矢がつがえられた。
 静まり返った城内に、風を斬る音。
 そして、乾いた音が広間に響き渡った。


 玉座の前に立っていた、金の髪の少女。それが、床から、自分が取り落としてしまったものを拾い上げる。
 ‥‥‥一本の矢が突き立てられた木製の的を、少女は高々と頭上にかざした。
 
 周囲から歓声があがった。



「さぁっすがレスター!」
 玉座の方から降りた後、嬉しそうに駆け寄ってきたパティを、レスターは空いた右腕で抱きとめた。
「言っただろ、大丈夫だって。」
 そう言いながらも流石に多少緊張していたのか、どこかほっとした様な表情でレスターは恋人の姿を見やった。背後で見守っていたスカサハも歩み寄った。穏やかな笑みを浮かべながら、声をかける。
「‥‥‥これで、俺はお役御免かな?」
「すまなかったな、スカサハ。付き合わせて。‥‥‥ドズルの再建の方も、頑張れよ?」
「それこそ『大丈夫』だろう?ヨハン達もいる。余計な心配をするな。」
 軽く答えながら、笑いあう。

 歓声の止まないその場に背を向け、レスター達の周囲に人が集まり始めたのを後目に、ザハは謁見の間を後にした。




「‥‥‥どちらへ行かれるんです?」
 かけられた声に、ザハは振り返った。見ると、レスターが一人、彼の背後に立っている。広間の声が止んでいない所をみると、後の二人は人混みに捕まったままであるらしい。

「‥‥‥私はもうここにいる必要は無い。あなたには、支える者も見守る者もいる。過ぎ去った時に捕われたままの私は、ここにはもう無用の者だ。」
「手伝って下さらないんですか?俺には、あなたの力は必要なのに。」
 レスターはもう一度問いかけた。
 彼の落ち着き払った様子を見ていると、ついザハは皮肉の一つも言いたくなった。
 昔からの、悪い癖だ。

「あの男は‥‥‥俺達は、裏切られたんだ。‥‥‥あなた方の、祖国に。」

 そう話し始めたザハの口調は、少し変わっていた。突然に己の心中を語り出した男を、レスターは黙ってみつめた。

「‥‥‥奴は信じた。シグルド公子の信頼も、仲間の事も‥‥‥何より、エーディン姫の事を。立場を捨て、命懸けで手を貸した。何より想っていたこの国を離れてまで、彼等についていって‥‥‥何のために?結局シグルド公子は殺され、全ては炎の中、闇に葬られた。」
 ただその言葉を口にするだけのために、ザハはひどく疲れを感じたようだった。大きく息をついて、再び口を開く。
「裏面に何があったのか、そんな事はどうでもいい。それを知った所で、何になる?ジャムカの命懸けの信頼が裏切られた事は変わらない。‥‥‥奴が何をした。信じようとした挙げ句に裏切られた男の心がわかるか?‥‥‥‥唯一の主人を、妻や娘とも別の、幼い頃からのたった一人の家族を殺された者の気持ちがわかるか?導き手を失った国がどうなったか‥‥‥奴の『宝』がどうなったのか。ここに来るまでの道すがら、国の様子を少しでも見ただろう?」
 問いかけられ、レスターは僅かに眉を顰めた。が、何も言わず、目の前の男が全て吐き出してしまうのをじっと待った。
「‥‥‥日を追うごとに不信と疲労とが募るばかりだ。帰らぬ男の影ばかり求めて生き続けるのにも厭きた。今更、死んでいるも同然の身に‥‥‥‥俺に、何ができる。」
「‥‥‥‥‥。」
 レスターは、少しの間答えなかった。やがて、口を開いた。

「‥‥‥母は。エーディンは、今でも父を待っているんですよ?」
 レスターは寂しげに言った。
「‥‥‥ずっと祈っている。はっきり『死んだ』と確認された訳では無い、ただそれだけの理由で。塵にも等しい小さな望みを信じて、奇蹟は起こると願って‥‥‥。でも、『二人で行くのでなければ、何処にも私の幸せは無い』。そう言った母にとって、そんな小さな望みも、笑顔の元になったんです。」
 昔は悲しそうな顔ばかりだった。そう言って苦笑しながら、一瞬だけ、視線をわずかに下げる。すぐに顔を上げて、レスターは続けた。
「『必ず戻ってくる』、そう言ったから、ずっと待つんだって‥‥‥。幼い頃から、それに俺が最後に挨拶に訪ねたその日も、ずっと父の事を信じて‥‥‥父も、同じだったんでしょうね?『不信が募るばかり』といったあなたさえ、まだ信じているのだから。」
 ザハの方を見て、微笑する。力無く見返すザハの視線を見ながら、再び口を開いた。

「‥‥‥確かに、裏切られたのかもしれない。けれど、仲間や‥‥‥母は、信じられていたんでしょう?シグルド公子はいなくなってしまった。けど、あの戦いの最中で、母はずっと父の帰りを待っていた。他の誰を信じられなかったとしても、母は待っていた。『必ず戻る』、その約束を忘れていなかったなら、母が待っている事を信じて‥‥‥疑っていなかったんでしょう?」
「‥‥‥。」
 ザハはすぐには答えなかった。やがて、冷たく、というより、心底聞きたいだけの様な顔をして、問い返した。
「‥‥‥疑う筈も、信じない筈もない。だが‥‥‥忘れていたら?裏切られた怒りに我を忘れ、待つ者の事など忘れてしまっていたら?事実、奴は、生きているにせよ、死んだにせよ‥‥‥姿を消した。俺にとっては、死んだのと同じだ。」
 それを聞いて、レスターは寂しげに微笑んだ。
「‥‥‥『どうして居なくなってしまったのか、生きているとすれば、どうして傍に居てくれないのか』、そう恨んだ事もあった。俺だけじゃない、親を亡くした、皆。けれど、育ての親達が―――俺達以上に両親の事を知っている人達が彼等を信じているのに、どうして俺達がそれを疑えますか?」
 レスターは黙り込んでいるザハに向かって、再び口を開いた。
「母は、まだ待ち続けている。けれど、この国は、そうはいかない。待ちつづける訳にはいかないから、俺が来ました。‥‥‥身代わりなんかじゃなく、俺自身の意志で。俺は、この国を建て直したい。父が望んでいたものは、きっと誰もが求めてやまなかったものだと思うから。俺の両親が共に生きていたのは、決して間違いじゃ無かったと、そう思いたいから。―――終わりのない悲しみを喜びに、溢れる嘆きは、数多の歌声に変えられる‥‥‥俺がここに在るのは、それが決して夢物語なんかじゃないって事の、確かな証だと‥‥‥そう、信じていますから。」

 ザハは黙り込んだまま、レスターの言葉に聞き入っていた。レスターがまた、引き止めるかの様に言った。

「俺は、戦って争乱を鎮める事は出来る。やり遂げてみせる。けれど、平穏を手にしたこの国がどんなものであるか、それはまだ知らない。‥‥‥あなたなら、それを知っている筈。だから、手伝って下さい。父にそうした様に。‥‥‥あなたが望んでいた様に。俺が見て来ただけでも、ここは、本当に綺麗な場所だったから。」
 
 ザハは無言でレスターを見た。姿は違えど、懐かしい色の瞳が、自分を見ていた。
 やがて洩らしかけた苦笑を、彼は必死で堪えた。


 ‥‥‥ああ、奴にそっくりだな。
 まさか、好き好んで、こんな所で苦労しようという男が、他にいるなんて。
 俺達が何より尊いと思ったものを、同じ様に「綺麗だ」という人間が、ここに帰ってくるなんて。
 馬鹿馬鹿しいくらいに、一途に望みを追い求めて。

 ‥‥‥昔から、あの目にだけは逆らえなかったんだ、俺は。


 いつからだっただろう。昔の記憶が色褪せてしまったのは。
 空の色も、大地の色も、森や湖でさえ、日常に目にする全てが、ザハの目には色を失った、ただそこに「在るだけ」の存在だった。色のない世界に生きるうちに、彼は記憶の中の主人の姿さえ、色のないものとしてしか留めなくなっていた。
 美しいままの記憶では、彼はそれを留め続けるのに耐えられなかった。抱き続けた夢は、たとえ叶わぬものとなってしまっても、捨てきる事が出来なかった。叶わぬ望みに縛られながら、無為にただ「在るだけ」の自分自身の姿は、その記憶が鮮明なままでは正視に耐えないものだった。
 手にする事が出来ない花は、それが色鮮やかで美しい程、それを得る術を失ったザハに痛みを与えるのだった。自分の失ったものを美しいまま記憶に留めていては、彼自身が狂ってしまったに違いなかった。
 だから、彼の記憶は薄れていった。森の色も湖の色も、あの澄んだ褐色の瞳も、思い出す事のない様にした。捨てきる事は出来なかったから、せめて、それがただ漠然として形を残すだけの記憶として留めたのだった。
 手の届かない花。美しいままでは、焦がれて気が狂いそうになる。
 だが、それが色のない、作り物であれば、傷付いてまで焦がれる事は無いだろうから。美しい娘に惹かれはしても、ただの人形に焦がれる男が居ないように。

 しかし、色を無くした筈のその記憶は、今、目の前にいる青年によってその輝きを取り戻しつつあった。もはや叶わないと知っても忘れる事の出来なかった夢が、新たな形で甦ろうとしていた。
 それに気付いてしまった以上、ザハにその輝きを捨てて去る事は出来そうになかった。


 ‥‥‥もう一度、信じてもいいのだろうか?
 湖の様に深く澄んだ、褐色の瞳を。
 果てしなく遠かった夢を。
 もう一度、追い求める事が出来るだろうか?


『お前の目なら、確かだろう』
 消えた男の言葉を、ふと思い出す。

 ‥‥‥やっぱり馬鹿野郎だな、お前は。
 俺の望みはお前の側にあったんだ。「必ず戻ってこい」と言った筈だろう?
 お前の残すものは形の無いものばかりだ。
 苦労ばかりをかけて、どこまで勝手を言えば気が済むんだ。  

『後は、頼む』
 
 ‥‥‥まあ、いいさ。
 最後の頼みだ。聞いてやるよ。

 お前の息子は、お前よりは上手くやってくれそうな気がするから。


「‥‥‥何故、私を引き止める?さっきも言った通り、あなたには見守る者も助ける者もいる。‥‥‥私一人居なくとも、あなたはやっていけるだろうに。」
 ザハは口調を戻していた。ただ、そこからは今までの様な硬質の響きは無くなり、久々に会った伯父が可愛がっている甥に対するような、柔らかな調子に変わっていた。
「あなたは、今もまだ民に人望がある。その手を借りられれば、周囲の信用も得やすいから―――と言えば、模範的なんでしょうが‥‥。」
 そう言ってから、藍青の髪と褐色の瞳を持つ青年は、少し照れた様に答えた。
「‥‥‥単なる俺のわがままですよ。ただ、あなた方に認めてほしかったんだ。‥‥‥父をよく知る、あなたに。」
 レスターの言葉に、ザハは小さく苦笑した。
「‥‥‥光栄な事だ。それ程までに、認めて頂けるならば―――」

 なぁ、これで良いんだよな?
 ‥‥‥ジャムカ。

「持つは微力ながら、あなたの側にお仕えする事に致しましょう。私の残る生涯、全てをかけて。‥‥‥新たなる、我が主よ。」
 そう言って自分の前に跪いたザハを見て、レスターは笑顔を浮かべた。


 ――――数年後、ヴェルダン統一戦争を収め、王位に就く事となった一人の青年は、荒んでいた人々の心に平穏をもたらした。
 弱冠にも満たない年令ながら、並び立つもののない強さと人望を兼ね備えた彼の働きは、後に『英雄王』と冠されたその名と共に、彼の国の歴史の中で長く語り伝えられる事となる。前代の動乱以来、長く断たれていたままであった国交も、次第に回復していった。彼の母、そして王妃の生家であるユングヴィと、何よりグランベル皇帝の積極的な友好の姿勢があったという。

 ‥‥‥しかし、彼の思いの元となった一人の男の存在については彼の国の歴史にはほとんど記されていない。民に確かな信頼を寄せられていたにも関わらず、長く国を離れ、終に行方知れずになった男は、人々の間に語られるささやかな物語りと、「英雄王」に受け継がれた、二つ名のみをそこに残している。


 
 
 

Continued on Page 2.



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