32.宝物(2) 


 それは神の慈悲か 
 それとも 精霊達のきまぐれか‥‥‥


「ラナ!ラナ、どこだ!?」
 レスターは声を張り上げた。

 全く‥‥‥一体何処へ行ったんだ、あいつ。


 セリスやデルムッド達と遊んでいたレスターは、いつの間にか妹の姿が見えなくなっている事に気付いた。ラクチェの側にいるかと思って声をかけたが、彼女はスカサハと話をしていて、見ていないと言った。
 また、ウサギか何かを見つけて、後について行ってしまったのだろうか?

 レスターは帰ろうと声をかけて来たシャナンに事の次第を伝えて、仲間達に手伝ってもらい、ラナの姿を探し始めた所なのであった。


「ラナ!もう帰るんだぞ!」
「お兄ちゃん?」
 もう一度大声で叫ぶと、少し離れたしげみの方から応える妹の声が聞こえて、レスターは駆けだした。
「ラナ、どこだ?」
「お兄ちゃん、こっちよ。」
 すぐ側から返事があった。
 安堵の溜め息をついて、レスターはやがて姿を見せた妹の元へ駆け寄った。手に、何か持っている様だ。褐色味を帯びた、何かの影が見える。

「何してるんだよ、こんな所で‥‥‥もう帰るんだから、皆が探してるんだぞ。」
 嗜めるように言った。しかし、少女はほとんど彼の言葉を聞いていなかった様で、にっこり笑いながら、兄に近くへ来る様に促した。
「お兄ちゃん。あそこ、見て。」
 仕方なく、だがラナが何を見つけたのか好奇心にかられたせいもあって、レスターはラナの元へ歩み寄り、その指差す方に目をやった。


 ‥‥‥小鳥?
 レスター達の見慣れぬ、地味な褐色の羽を持った小鳥だった。どこにでもいそうな見た目なのに、この辺りでは見かけた事がない。渡り鳥であろうか?それにしては体つきが華奢で、とても長旅は出来なさそうである。
 際立って美しい所もない、特に目をとめるでもないその容姿に、レスターは訝し気な目をむける。一体、ラナは何故こんな小鳥を追って来たのだろうか。
 どことなく変わった小鳥ではある、だが、どこが変わっているのかはっきりとは言えない、そんな不思議な小鳥。
 眺めやるうちに、小鳥と目が合う。


 ‥‥‥ふと、奇妙な感覚を受けて、レスターはしばらくその姿を見つめた。軽い既視感があるのは、気のせいだろうか?
 見た事もない、変わった小鳥。だが、その姿に何故か妙に懐かしい感じを受けた。
 何だろう‥‥‥?

「ねぇ、綺麗な目でしょう?」

 目?
 ラナに言われて、始めてレスターは小鳥の瞳をじっくりと観察した。

 深い褐色の瞳で、とても澄んでいて優し気だ。思わずじっと見つめていると、ラナが横から声をかけた。
「お兄ちゃんの目に、似てるわ。」

 ‥‥‥俺の目?
 ラナに、自分と似ていると言われた褐色の瞳。だとすれば、この既視感は一体なんだろう。

 あれは、誰の瞳だろうか?


 母さん?
 違う‥‥‥‥
 「誰の瞳だったか」を思い出そうとするレスターの頭に、うっすらと、一人の青年の姿が浮かんだ。

 ‥‥‥父さんだ。
 父さんの目って、あんな感じだった気がする。


 レスターの父は、彼がすでにその記憶も残らぬ程幼い頃に別れて以来、その消息を断ってしまっていた。はっきりとした記憶もないまま、ただ自分が一身にその愛情を受けた事だけが、奇妙に印象に残っている。
 
 何故、この小鳥の瞳と父親のそれが似ていると感じたかはわからなかった。ほとんど、と言うより、まるきりと言っていい程父の記憶というものを持たないラナに、それを訪ねる訳にもいかない。
 だが、大して美しい訳でもないその小鳥の翼から舞い落ちた羽根を拾って、何か宝物でも見つけたかの様に大事そうに持っている妹の姿を見ていると、自分の感じた印象は決して間違いではない様にレスターには思えた。


「‥‥‥その羽根、あの鳥のか?」
 レスターはラナに問いかけた。柔らかな金の髪を持つ少女は、嬉しそうに頷いてみせる。
「そっか。‥‥‥じゃあ、ちょっとだけ母さんにもう一度会わせてもらって、その羽根を見せにいかないか?」
「母さま?」
「うん。‥‥‥なんか、好きなんじゃないかと思って。」
 少し考え込むように首を傾げてから、ラナがまた嬉しそうに頷くのをみて、レスターはその手をとって駆け出した。

 茂みを出る一瞬もう一度振り返って、小鳥のその澄んだ瞳を自分の目に焼きつける。


 ‥‥‥幼い子供達が茂みを出て駆け出したのを、小鳥はまるで見守っているかの様に、じっと見つめていた。
 やがて二人の姿が見えなくなると、小さな翼を広げて飛び立った。
 西へ、そして南へ。どこまでも遠く、南西へ‥‥‥。


 澄んだ褐色の瞳を持つ小鳥。
 その後、その姿を見た者は、誰もいない。


『願わくは 最愛の者達に 少しでも多くの幸あらん事を』


 

 

Continued on Chapter 5.



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