25.勇者の弓 


 ただ側に居る事だけしか出来ないけれど
 それでもあなたが望むなら 
 少しでも 背負う荷が軽くなるのなら

 どんな時も その傍らに居ようと思う
 愛しい人 あなたの側に


 ‥‥‥その日、ジャムカが自分の失せものを部屋で探している時に、後ろでドアが開く音が聞こえ、人の入ってくる気配がした。

「―――ジャムカ。」
 ドアの閉まる音の後、部屋に入って来たエーディンに名を呼ばれて、彼は振り返った。


 エーディンの腕の中には、ジャムカがつい今し方まで探していたはずの彼の弓―――キラーボウと、それに似た形状、大きさの包みが抱えられている。切ってしまった筈のキラーボウの弦は、既に張り替えられていた。それに気付いてジャムカは思わずエーディンの顔を見た。

「キラーボウ‥‥‥直してくれたのか?」
 ジャムカが尋ねると、エーディンが微笑んで答えた。
「ええ、姉様にお願いして‥‥‥勝手に持ち出してごめんなさい。触ってはいけないかとも思ったんだけど、その方がいいと思って。」
 ジャムカは一瞬言葉に詰まったが、やがて息をついて、苦笑しながら言った。
「‥‥‥そうか。後でブリギッドにも礼を言わないとな。」
 やや自嘲めいた笑みを見せる。
 エーディンはそんな彼を少しの間じっと見つめていたが、やがてキラーボウを渡した。彼がそれを机の上に置くのを見届けてから、もう一方の手に抱えていた包みを差し出す。
「?」
 包みを受け取って、ジャムカが怪訝な顔を見せる。
「‥‥‥開けてもいいか?」
 頷くエーディンを見て、ジャムカは包みの紐を解いていった。 
 巻かれていた白い布を開いて外した時に彼の目の前に現れたのものは、一本の弓だった。


 その弓は、ジャムカが初めて目にするものだった。
 何らかの魔力でも付加されているのであろうか、薄らと青い照り返しを見せ、その身はしなやかな曲線を描き、洗練された形状をしていた。
 所々に施された、細かく精緻な白金の装飾。握り部分と両端にも、繊細な細工が施されている。その外観の、全てが彼の目を引いた。
 しかし、美しいながらも決して過度な装飾はせず、実用的に作られているそれは、確かに優れた実戦用の弓であった。弓を扱う者ならば一目でわかるその事実が、なお一層その美しさに磨きをかける。
 ジャムカは思わず手にしたその弓を見つめた。
 
 ふと、恋人の澄んだ声が流れる様な旋律となって彼の耳に入ってきた。
 歌っているかの様な調べ。


 其の弓を手にする者 願いを強く持つ者 
 願いを叶え得る力を持つ者
 奪われる命の重さを知り その重みに耐え得る者
 守り得る命の尊さを知り それを為し得る者
 勇者たるに相応しい者の手中に在って 
 其は望みを叶える力とならん


「‥‥‥それは、『勇者の弓』と呼ばれるものです。勇者たる、持ち主を守る弓。」
 不思議な旋律を口ずさんだ後、エーディンはそう言って、ジャムカの方を見て微笑んだ。
 出会った時から変わらない、気高く真直ぐな、そして優しい笑顔。
「我が祖国ユングヴィの守護者バイゲリッタ−、彼ら優れた弓騎士達の名誉とされるもの。彼等が自らの誓いと共に手にするもの‥‥‥。どうか、お持ち下さい。『あなたの弓』と一緒に。」

 ジャムカは自分に向けられている笑顔を不思議な気分で眺めていた。
 迷いの無い笑顔。聞こえるのは、わずかな澱みもない、澄んだ声。手にする弓と同質の美しさが、そこにはあった。


「‥‥‥この弓は、『守りの弓』なの。」
 やがて、語調を和らげてそう付け加えた後、エーディンは微苦笑を洩らした。
「気休めにしか、ならないとは思うけれど‥‥‥。きっと、あなたを護ってくれるから。」
 武器の全ては破壊の力。
 けれど、この世の道具、それは全て使い手次第‥‥‥。

 エーディンの告げる言葉の一つ一つは、どれもジャムカの耳に心地よかった。大した意味でもない言葉ばかりが、何故こんなに愛しく思えるのか、ジャムカには不思議だった。
 もう一度、ジャムカは贈られた弓を見つめた。

 精緻な細工。薄青い輝き。それは、とても綺麗な弓だった。
 もう一つ、彼がずっと身体の一部であるかの様に持ち続けた、冷たい、冴えた印象を受ける弓とは、とても対照的なもの。
 ‥‥‥彼自身の一面でもある様なその弓とくらべると、とても優しく、清廉なものに思えた。


 もう一度恋人の言葉を聞きたくなって、ジャムカは口を開いた。
「‥‥‥俺には似合わないな。」

 返される答えはわかりきっていた。だが、ジャムカはそれを実際に、彼女の声で聞きたかった。
 エーディンは微笑みながら、答えた。

「そんな事ないわ。‥‥‥あなただから、相応しいと思ったの。」


 ‥‥‥予想していた通りの答えに、ジャムカは微笑み返した。空いていた方の手で、エーディンを抱き寄せる。
「‥‥‥ありがとう。大切にしよう。」

 彼女さえ側にいてくれるなら、どんな事でも出来そうな気がすると、改めて彼はそう思った。



 ジャムカはわずかに身体を離して、手にした弓を改めて眺めやった。
 薄らと青い、清く、不思議な輝き。誇り高き弓使い達の名誉。
 彼の持つ褐色の弓とはその作られた意味も、力の使い方も全く対極にありながら、彼の中では全く同じ意志を宿すものだった。
 『それは 誓いの証』


「綺麗な弓だな‥‥‥」
 手の中の弓を光にかざして、ジャムカは小さく呟いた。


 セイレーン出立の期日まで、後三日程となった。
 城に残っていたほとんどの部隊は既に出立の準備を終え、ト−ヴェへの進軍の指示を待っていた。
 ジャムカは城の見回りのため、中庭を歩いていた。まだ時間も早い為、前の晩に降り積もった足跡のない新雪を踏む音が、耳に心地良い。
 やがて門まで歩いてくると、何か言い争いの様な声が聞こえて来た。何事かと思い、足を速める。どうやら、一方の声は警備の兵の様だったが、それに対する声は―――

「だからっ!ジャムカさんに話があるんだってば!会わせてよ!」


 子供のものらしいその声に聞き覚えがあった。
 相手にもせず追い返そうとする門番に食って掛かっていたのは、数日前に別れたはずの深紅の瞳の少年だった。
 少年を遮ろうとする兵士に「知人だ」と伝えて下がらせると、ジャムカが歩み寄ろうとする前に少年の方から駆け寄って来る。


「オーヴ?」
 もう顔を会わせる事も無いと思っていた相手の突然の訪問に、すぐには言葉が出てこない。ジャムカが困惑した表情で黙り込んでいると、オーヴは口を引き結んで何かを握っている手を差し出した。
 ジャムカが怪訝な顔で片手を出すと、その手の上に何かがのせられる。
 小さな紅い石のペンダントだった。

「これは‥‥‥」
「もうすぐ行くんでしょう?それ、持っていってよ。」
「‥‥‥‥。」
 ペンダントを片手に、ジャムカはその真意を計りかねて、少年の顔を見やった。だが、オーヴは構わず、繰り返し「いいから持っていって。」と言った。
「それ、お守りだから。姉ちゃんには効かなかったみたいだけど‥‥‥。待ってる人がいるんでしょ?持っていって、絶対に、生きててよね。‥‥‥じゃないと、今度こそ許さないからね。」
 思わずジャムカは少年の顔を見つめ直した。
 紅い瞳が、目に映る。

「‥‥‥ありがとな。だが、言われずとも元よりそのつもりだ。」
 ジャムカはそう言って、オーヴに笑顔を見せる。
 今なら少年の視線を受け止められる様な気がした。


「俺を誰だと思ってるんだ?」
 彼の言葉に、赤い瞳の少年は満面の笑顔で答えた。


 


 

Continued on Chapter 4.



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