21.天馬騎士 


「エ−ディンさん、何やってるの?」
 デュ−は廊下で立ち止まり、窓から外を眺めていたエ−ディンに声をかけた。エーディンはちらと彼の方をみたが、すぐに視線を外に戻すと、小首を傾げながらデュ−に問い返した。
「ねぇ、ジャムカと一緒にいるあの子、誰かしら?」
「?」
 デュ−はエ−ディンの側に歩いて行くと、自分も同じ様に窓から外を見た。門の所に、背の高い男と、それよりは大分小柄な、淡い金髪の少年の姿が見える。
「さっき、『出かけてくる』って出て行ったのだけど、用事って、あの子の事なのかしら。」
「ああ、あれはね‥‥‥」
 事情を察して、デュ−はエ−ディンに、先日街で遭った出来事を話して聞かせた。彼の話が飲み込めると、エ−ディンは何か、納得した様な顔つきで、くすりと微笑った。
「そうだったの。‥‥‥なんだか、あの人が優しい顔をしてると思ったから、誰だろうと思って。」
 そう言うと、エ−ディンは微笑したまま、再び窓の外を眺めた。

「優しい顔ぉ?」
 彼女の言葉に、デュ−が思いきり疑わし気な声を上げた。
 デュ−はもう一度、出かけようとしているジャムカ達を窓から眺めた。小さく見えるジャムカの表情は、いつも通りの仏頂面、無表情そのもので、エーディンが興味を示す程の「優しい雰囲気」とやらは一体どこから出ているものか、デュ−にはさっぱり見当がつかなかった。

 微笑んで外を眺めているエ−ディンに、「どの辺が?」とは訊ねられず、夫婦とはこんなものだろうか、などと思いながら、デュ−は窓の外の二人を見送った。


「‥‥‥なんで林檎の皮剥きがいつもノルマに入ってるの?」
 少々憮然とした顔で、オーヴはナイフを片手にくるくると果実を回していく。すっかり慣れた手つきで剥かれていく皮は、街はずれ、小高い丘になっているその場所の地面に紅い帯を落としていく。
「言ったはずだ、俺は正規の剣術を修めた訳じゃないし、人に教えられる様な腕じゃない。ナイフは子供の頃から使い馴れていただけだ。‥‥‥とにかく、扱いに慣れろ。それに、体術の方に重点を置くんだな。ごろつきの一人や二人、それで十分。上手く使えば、刃物は必要無い。」
 お前が強くなったとわかれば、相手もむやみに絡んだりしないだろ、と、そう付け加えて、ジャムカは手にした林檎をかじった。オーヴの方は何やら言いた気であったが、やがて諦めたのか、ぶつぶつと何事か呟きながら新たな林檎を手にとった。少年の瞳と同じような深紅をしたこの果実を、二人は休憩の合間に口にする事が日課になっていた。

「‥‥‥それはそうと、何故こんな事をする必要がある?この前絡んできた連中、あれは一体何なんだ?」
 ジャムカは遠くを眺めやりながら、隣の少年に話し掛けた。彼の視線の先にある空は、どこまでも果てしない。
「‥‥‥ただの街の住人だよ。俺がここに住んでるのを嫌がってる連中。」
 ぽつりと呟く様に言ったその言葉に、ジャムカは視線をオーヴに移し、不審そうな顔を見せる。紅い瞳の少年は反応を予想していたのか、こちらを見向きもしなかった。
「俺の姉ちゃん‥‥‥ト−ヴェ城の守備についている天馬騎士団の一員なんだ。」
 先程までと同じような口調で言うと、オーヴは林檎を一口かじった。

「別にマイオスに心酔してるとかそんなんじゃなくて、騎士としてけじめをつけたいだけだからって言ってた‥‥‥。だから、『あなたは暮らしやすいこの街に居なさい』って。ばれるとやばいからって、自分の事は『家族、身寄りは無し』で通してるみたいだけど。」
 口調と言葉の内容からすると、何故民の信頼の厚いラ−ナ王妃と敵対する勢力に組してまで、悪名すらあるト−ヴェの領主に仕えているのかと言う事を、 恐らく彼自身が姉に問い詰めたのだろう。
「でも、どっちにしろ姉ちゃんがト−ヴェ軍にいる事に代わりはないから、この間みたいに絡んでくるやつも居るんだ。マイオスはここでは嫌われ者だしね。あいつ‥‥‥この前の奴、以前、家族を酒に酔ったト−ヴェの兵士に殺されたんだって。それで‥‥‥。」
 紅い瞳に陰りが射す。
「‥‥‥周囲の人は一応止めようとしてくれるけど、一度なんか、裏路地に引っ張り込まれて半殺しにされそうになった。逃げて来たけどね。」
 ジャムカが思わず眉をひそめる。オーヴはそんな様子に気付いているのかいないのか、そのまま続けた。
「‥‥‥最初は嫌で嫌で仕方なかったよ。でも、俺の事考えてセイレーンに住めって言ってたんだし、姉ちゃんがそこまでして譲れなかった事なら、邪魔したくないって思って‥‥‥だから、今更心配かけたくない。」
 そこまで言うと、少年の紅い瞳がジャムカを見つめた。真直ぐなその瞳は、彼が少年であるが故のものだろうか。今のジャムカには、その視線を受け止めるのに多少の戸惑いがあった。
「‥‥‥前にも言った事があるよな。俺は、シグルド軍の人間だ。彼はラ−ナ王妃に協力するだろう。‥‥‥いつか、お前の姉さんとも戦うかもしれない。構わないのか?」
 ジャムカの言葉に、オーヴは少し寂し気に微笑んだ。
「‥‥‥でも、騎士団に居る以上いつかは戦わなきゃいけないんだし、相手がジャムカさん達になるかもしれないってだけだよ。それに‥‥‥けじめをつけたいって言ったのは姉ちゃん本人だから。俺は姉ちゃんが帰ってくるのを待ってるしかないんだ。」
 そう言って、服の襟元から小さなペンダントを出してみせる。大して高価なものでもないだろう、安っぽい紅いガラス玉がついているそれは、ジャムカの目には何故か本物の宝石よりも強い輝きを持っているように見えた。

「これ、俺と姉ちゃんが揃いで持ってるんだ。お守りにって‥‥‥。姉弟二人きりだし、本当は静かに暮らしたいけど‥‥‥今は、待ってるしかないから。必ず帰るって言ってたから。」
 ジャムカは何も言葉を返す事が出来なかった。オーヴは笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、姉ちゃんは強いから。約束は破らない‥‥‥ジャムカさんも強いよね。二人とも、死んじゃったりしないよ。きっと。」
 真直ぐな瞳。ジャムカには、その視線に応える術が無かった。
 この少年は、戦場を知らない。それを痛感してしまい、少年の言葉に一体どうやって答えてやればいいのかわからなかった。
 騎士であれ何であれ、心を決め、戦場に立つものが残した者に「帰る約束」をする時。‥‥‥一度、自分の役目をやり遂げようと決めた騎士が除隊を申し出て故郷に帰る時が来るとすれば、勝ち戦で手柄を立てた時か、あるいは敗戦に遇ったとすれば負傷して二度と戦場に出る事が叶わない場合だろう。
 負傷で済めばいい。‥‥‥大抵の場合、敗軍の将兵は、生きて故郷には帰れない。

 シグルドが戦に乗り出す様な事になった場合、戦いが終わってオーブが姉に会えるとすれば、ジャムカは二度とその前に姿を現さないだろう。
 逆に、ジャムカが再び姿を見せるとすれば―――

 

 ‥‥‥‥やがて、少年がひょいと立ち上がり、稽古の再開を促した。ジャムカはそれに応じて自分も身体を起こす。
 彼の目に、オーヴの襟元に揺れる、血の様に紅い石が映った。

 心の中に生まれた戸惑いは、消える事はなかった。


 
 
 

Continued.



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