20.少年 


 セイレーンの城下町を、褐色の髪の、精悍な雰囲気を持つ背の高い青年と、15、6歳程であろうか、金髪の小柄な少年という一見風変わりな二人組が歩いていく。
 その容貌、持つ雰囲気など、明らかにシレジアの人間ではない様子だ。王妃が国に招待したと言う、シグルド公子の軍の人間であろうか。しかし、道行く者の目には、澄んだ瞳の印象的な褐色の髪の青年の方はともかく、活発な雰囲気の小柄な少年の方はいささか軍人には似つかわしくない様にも思われた。


「うーん、良い買い物だった」
 金髪の少年の方が伸びを一つして、清々しい顔をする。
「さて、と‥‥‥次は修理屋?ジャムカの弓、どこも壊れていそうには見えなかったけど‥‥‥」
 思い出す様に、少年が隣を歩く青年に問いかける。青年は彼の方を向きもせずに、それに応えた。
「いや、エーディンがリブローの杖を預けていたらしくてな。それを受け取りに行く。」
「ふぅん‥‥‥じゃぁその間に、オイラも剣の修理でも頼もうかな。」
 金の髪の少年は、腰に下げた風変わりな剣に目をやった。不思議な輝きを持ったその剣は、どうやら風の魔力が付与されているらしかった。
 褐色の髪の青年が眉をひそめて少年の方を見て、口を開く。
「その剣の事だが‥‥‥一体どこで見つけた?魔法剣なんて、滅多に手に入らないだろうに。」
 青年の問いに少年は一瞬返答に窮したが、すぐに笑顔を作って口早に答えた。
「ええと‥‥‥アグストリアに居る時に見つけたんだってば。ほら、落ちてたから‥‥‥拾って来ちゃったんだ。」
 その言葉に青年は不審気な顔をしたが、もともと深く詮索する気はなかったのか、それ以上問い詰めようとはしなかった。
 どちらにしろ、この(「元」と本人は主張する)盗賊の少年が無闇な盗みを働く事は無い。善良な商人や村人から奪ったものではないだろう。とがめ立てはしたものの、大して気に止める事でもなかった。
「‥‥‥まぁいい。人に迷惑をかけるなよ。」
「かけないってば。信用してないなぁ。」
 少年は青年の言葉に不機嫌な声を出したが、こちらもさして気にした様子は無く、本気で不満を述べたのでは無いようであった。

 ‥‥‥二人は街道を歩いていくうちに、前方で何事か騒ぎが起こっているのに気付いた。歳は青年と同じ頃かそれよりは下であろうか、3人の若者が一人の少年を取り囲んでいる。
 少年は買い物の途中ででもあったのか、大きな袋を抱えていた。10歳程の、短く淡い金髪と、真っ赤な瞳の印象的な少年である。何やら、若者の一人と口論している様子だ。
 周囲の野次馬の中にも二人をなだめようとする者はいる様子だが、若者の方は全く退こうとはしない。
 
 興味深気に覗き込もうとする連れの襟元を引っ張り、青年は歩き出そうとしたが、見物人のどよめきと、相方の少年の呼ぶ声に、突然方向を変え若者達と少年との間に割り込んだ。

 若者が少年に殴り掛かろうとしたのである。


「こんな子供相手に、みっともない真似は止せ。」
 青年は、殴り掛かろうとしていた若者に向かって静かに言った。その間に、相方の金髪の少年の方は他の二人が子供に害を及ぼさない様に、注意を払っている。
 しかし、声をかけられた若者は頭に血がのぼっているのか、全く聞く耳を持とうとしない。一体、子供一人に何をこんなに興奮しているのだろう。通常なら、こんな騒ぎにもなれば頭を冷やすだろうに。青年は不審に思い、眉を顰めた。
「あんたに関係ないだろう、邪魔するな!」
 若者が仲間二人にも声をかけ、青年の方に組み付こうとした。是が非でも、絡んでいた少年に危害を加えなければ気が済まないらしい。
 ほんの数瞬で、事は済んだ。青年は仲間二人の攻撃を難なくかわし、一人には胴に突きを入れ、残る一人に当て身を喰らわせて、面倒を収める。
 最初の若者の方はと言うと、相方の少年に足を払われでもしたようで、いつのまにか地面に倒れて、こちらを忌々し気に睨み付けていた。
「‥‥この‥‥‥っ」
 うめき声を漏らしたかと思うと、若者は起き上がりざまに、懐に隠し持っていたらしいナイフを抜き放ち、青年に向かって走り出した。
 若者達に絡まれていた紅い瞳の少年は、今まで逃げるのも忘れていた様だったが、相手が刃物を持ち出したのを見て思わず息を飲んだ。

 すると、青年は素早く腰に下げていた大振りのナイフを抜き放つと、若者のナイフをかわしながら、それよりもはるかに機敏な動きで背後を取った。腕を取り押さえ付けて、その首筋に、自分のナイフを突き付ける。
 思わず動きを止めた若者に向かって、低い声で静かに言い放った。

「‥‥‥そんな物を持ち出す様なら、悪いが手加減は出来ない。もう一度繰り返すが、馬鹿な真似は止めておく事だ。」


 三人を解放し、その走り去る姿を見届けると、青年は金髪の少年が何やら手にしているのに気付いた。
「デュ−‥‥‥お前、その財布は今の連中から没収したのか?」
 呆れた様な顔の青年を見て、デュ−と呼ばれた金髪の少年は笑いながら言った。
「大丈夫、大して入ってないって。あいつらの身なりから言っても、これが全財産って事はないよ、多分。頭冷やしてもらわないとね。」
 皮の財布を片手で放り上げてみせる。
 叱るべきだったのかもしれないが、青年は苦笑してしまった。

 やがて二人が歩きだそうとした時、突然後ろから呼び止められ、驚いた様に振り返った。待ってよ、と二人を呼び止めたのは、先程からまれていた、深紅の瞳の少年だった。
「ちょっと、待って‥‥‥お願い、俺にナイフの使い方を教えてよ!」


「‥‥‥俺の事か?」
 青年は、怪訝な顔で少年の顔を見返した。澄んだ湖の様なその瞳に、少年のどこか思いつめた様な表情が映る。
「さっきのみたいな奴等に、よく絡まれるんだ。だから‥‥‥」
「‥‥‥悪いが、人に教えられる様な腕じゃないし、戦場に出る訳でもない子供に刃物を扱わせたくはない。」
 青年はそう言って、連れを促し、さっさと歩き出そうとした。しかし、少年は諦めるつもりはないらしく、慌てた様に青年の歩く先に回り込んだ。
「頼むよ!‥‥‥離れて暮らしてる姉ちゃんに、心配かけたくないんだ!」
 なお歩き出そうとしていた青年は、それを聞いて足を止めた。


「‥‥‥どう言う事だ?」
 怪訝な顔で、青年は少年の紅い瞳を見据えた。少年は少し口が重くなったようだった。
「俺の姉ちゃん、ト−ヴェに居るんだ‥‥‥時々手紙のやり取りをするんだけど、向こうから出てくる事は出来なくて。ちょっと訳があって、その事でよくさっきみたいに文句つけてくる奴が居るんだけど‥‥‥姉弟二人っきりだから、心配させたくないんだ。頼むよ。」
「子供のお前が刃物なんか使って人を傷つけでもすれば、余計に心配するだろう?」
「そんなことしないよ。からまれたとき逃げ切れるとか、とにかくどうにかできればいいんだ。」
 そう語る少年の必死な様子からすると、何か余程の事情でもあるのだろうか。青年は訪ねてみようかとも考えたが、聞けば否が応でも少年の頼みを聞かなければならなくなるかもしれない。そう思うと、やたらと詮索するのも気がひける。
 
 ‥‥‥ややあって、青年は諦めた様に溜め息をつき、紅い瞳の少年に向かって言った。
「名前は何て言うんだ?」
「え?オーヴ‥‥‥だけど。」
「オーヴ。簡単なものに限るが、攻撃を避けるための体術くらいなら一緒に教えてやる。だから‥‥‥絶対に、それこそ命に危険が迫ったりしない限り、刃を鞘から抜かない、これを『出来る限り』守る事が稽古をつけてやる条件だ。いいな?」
 
 真面目な顔で厳命されると、オーヴはそれまでの表情から一転して笑顔を見せた。
 横で様子を見ていた青年の連れは、思わず笑いをこらえた。結局、青年は断りきれなかったものらしい。

「うん、わかった!ありがとう‥‥‥ええと、お兄さん、名前は?」
 顔を輝かせて手放しで喜ぶ少年を見て、青年は苦笑する。
「ジャムカだ。そうだな、まずは‥‥‥」
 そういうと、オーヴの持っていた紙袋から林檎を一つ取り出して、空いている手に向かって放ってやった。それを慌てて受け取り、オーヴは要領を得ない顔でジャムカと名乗った青年の瞳を見返す。その深紅の瞳を見て、青年は肩をすくめてあっさりと告げた。
「果物の皮剥きから‥‥‥って所だな。」


 
 
 

Continued.



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