14.衝動 


「アレク!後方に回れ!皆を守ってくれっ‥‥‥」
 乱戦の中、シグルドは一人の騎士の剣を受け流しながら切り倒し、背後で剣を振るっているアレクに向かって叫んだ。


 アグスティを守る近衛部隊は、ノディオン王エルトシャン率いるクロスナイツには及ばないとはいえ、騎士の国と謳われるアグストリアの中でも「精鋭」と呼ばれる部類に入る。王都に向かいマッキリ−から出撃したシグルド達は、彼等を相手に苦戦を強いられていた。
 犠牲は増し、次第に混戦となっていく。普段は後方で前線部隊の掩護をしていた者達の元へも、アグスティ軍の一軍が辿り着こうとしていた。

「今のままじゃ辛いな‥‥‥距離を取るか。」
 舌打ちしつつ、ジャムカは側で向かって来る兵士をなんとか切り払いながら、再びキラーボウに矢をつがえ新たに離れた場所からやってくる騎士を射抜いた。手持ちの弾を使い果たした手を休める暇もなく、肩から下げている矢入れから新たな矢を取り出す。構えようとした時、左方向から振り下ろされる剣に気付いた。
 避けられないと知るや否や、手にしていたキラーボウで思いきり剣の腹を弾き飛ばす。相手の腕が跳ね上がり、隙だらけになった胴に、短剣を突き立てた。返した腕で、こちらもいつの間にか紛れ込んでいた敵兵の顔にむかって肘を打つ。仰け反って離れた相手の喉に、別の方向から味方が放った矢が刺さった。
 乱戦の中、接近戦の不得手な弓兵や、魔導士達の元に敵が迫って来ているのが辛いところだ。前線にいる一隊がこちらに向かっているようだが、敵味方入り乱れての戦闘の中、辿り着くのは困難な事に違いない。
 その補佐のためにか、炎や風の魔法が敵兵士達を飲み込み、打ち倒していく様子が見えた。ジャムカも掩護にまわろうと、新たな矢をつがえ、放とうとする。
 その時、彼の側で新たな叫び声が聞こえた。
「エーディン、逃げて!」
 エスリンが声を張り上げる。光の剣を手に、後方で陣を守っていた彼女は、次々と現れる敵にまるきり身動きがとれなくなっていた。そして、彼女の背後にいた人影―――エーディンの元に、エスリンの剣が放つ魔法から逃れた敵騎士の一人が向かっていった。武器を持たないエーディンは、為す術もなく立ち尽くしていた。

 その光景に気付いた時、ジャムカの中に滅多に無い焦りが生まれてきた。このままではエーディンが討たれる、そう思ったものの、敵味方入り乱れての状況に、ジャムカの今居る位置から彼女を助けるのは不可能であった。矢を射ても、間にいる味方に当たるかもしれない。普段であればそうさせない自信もあっただろうが、今、気を抜けば自分の元へも敵兵がやってくるかもしれないこの状況の中、それだけ集中するのは難しい。
 誰でもいい―――誰か、気付かないのか。
 
 ‥‥‥駄目だ!
 そう思った時、既に彼は走りだしていた。


 騎士は、杖を手にしたプリーストらしき娘を見つけ、一瞬、躊躇った。無抵抗の、それも若い娘を相手に槍先を向けるのには抵抗があったが、今はそうも言っていられない。現在、どれ程僅かなものでも、戦いに消極的な態度をとる事は主シャガールの反感を買いかねなかった。現国王シャガールは騎士道を解さない、というのが彼等の間での認識であり、たとえ聖職者であっても、それが敵軍兵士の癒し手であるなら、「殺せば士気に影響を与えられる」と言われるに違いない。彼はそう思った。そして、主人の意に逆らう気は、彼には無かった。
 仕方ない―――。周囲のシグルド軍の兵士達の隙を見て、馬を操り娘の元へ駆け寄った。手にした鉄の槍を逆手に構えると、見つけた相手に向かって真直ぐ突き下ろす。
 その時、彼と娘の間に割り込んできた影があった。



「‥‥‥‥っ!」
 エーディンは、突然自分に向かって人が倒れこんだ事に、一瞬、声をなくした。

「ジャムカぁっ!」
 眼前の騎士の槍を受け、目の前に崩れ落ちたジャムカの上半身を抱えて叫ぶ。何度も繰り返し名前を叫ぶが、反応はなかった。支えていた手に生暖かい感触が走り、目をやると、べっとりと血に紅く染まっている。ジャムカが身につけていた皮の胸当ての下の袍に、赤黒い染みが広がっていた。
 突然邪魔が入った事に、騎士はわずかに動揺した。瀕死の青年を抱きかかえ、泣き叫ぶエーディンを見て一瞬躊躇するが、やがて思い切った様に槍を振り上げ、再び構えた。止めを刺すつもりであった。
 ‥‥‥次の瞬間、短い叫びを発したかと思うと、騎士は馬上から転落した。エーディンが瀕死の青年に気をとられていなければ、彼の背中に刺さった矢に気付いたかもしれない。
 騎士に向かって矢を射かけた青年は、馬を走らせてエーディンの元に駆け寄った。

「エーディン様、御無事ですか!」
「ミデェ−ル‥‥‥ジャムカがっ‥‥」
「落ち着いてください!」
 すっかり取り乱しているエーディンを見て、ミデェ−ルは厳しい声で言い聞かせた。後から、シグルドの支持で掩護にやって来たアレクが、意識のないジャムカを自分の馬に引き上げる。どうやら、多量の出血の為の意識不明の様だ。馬上に上げられた青年の戦袍の腹部をべっとりと紅く染めるものを見て、ミデェ−ルはわずかに眉をしかめた。一刻も早く傷を塞がなければ、命はないだろう。
「彼が王子を運んで行きます。あなたは一緒に安全な場所まで行って、手当てをしてください。早くしないと本当に手後れになります!急いで!」
 なんとか言い聞かせた後、頷いたエーディンを味方の下級騎士の一人が馬にのせ、アレクとともに駆け出す。
 後を追おうとする敵兵を、ミデェ−ルは後ろから射抜き、退避の掩護を始めた‥‥‥。


 何だ‥‥‥?

 ジャムカは意識の深い闇の中にいた。
 動けない。何故こんな事になったのかと、ぼんやりと思い浮かべる。
 純白のローブと、黄金色の長い髪。まず思い浮かんだのは、それだった。それに、突きおろされる槍。
 ‥‥彼女を庇ったからか。

 かなりの深手を負っていたかもしれない。馬鹿な事をしたものだ。そう、今更に思う。
 ‥‥‥前にもあったな。こんな事が。


 馬鹿馬鹿しい。
 思い出してから、そう思った。以前、彼の義兄が彼女に手を上げた時、その時とは全く状況が違う。
 今となっては、彼が身を張って救わなければならない理由はどこにも無い筈であった。
 
 どうしたいんだ?俺は。

 それまで彼がしてきた様には処理しきれない感情に、頭が痛くなる。その度に、こんな想いは捨ててしまえばいいと、そう思う。
 忘れてしまえと己に命じながら、それが出来ない自分が情けなくなる。感情など無くしてしまえばいいとすら思えてくる。
 ‥‥‥なのに、彼女の笑顔の側にいるのは心地よかった。
 そんな時を、失いたくはなかった。

 馬鹿だな、俺は。
 まだやり残した事が山程あるのに。大体、こんな事をして、一体どうなるのか。
 ‥‥‥あんな場面で人一人庇ったからと言って、それで助かる保証などどこにも無いのに。

 ‥‥‥彼女は、無事なのか?

 突然、記憶が鮮明になった。
 周囲に響く怒声。馬の駆ける足音。‥‥‥騎士。振り上げられた槍。
 その場に倒れながら、最後に聞いた声が蘇る。

『ジャムカぁっ!』

 祖国の景色、失ったもの。‥‥‥金の髪の、娘一人。
 そんな記憶が、一瞬の内に走り抜ける。

 


 まだ死ぬ訳にはいかない。
 ―――起きろ!


 目を覚ました時、一番初めにジャムカの視界に飛び込んできたのは、白い天井だった。
 見覚えのある光景。
 ‥‥‥マッキリ−城らしい。
「‥‥‥?」
 
 手足を動かしてみる。シーツの様な布が動こうとした腕を遮った。足は、今はどうも上手く動かないようだが、どうやら―――
 生きてる‥‥‥か‥‥‥?

 やがて、上手く働かなかった思考回路が、少しずつ動き出す。どうやら、手当てを受けて休ませられているらしい。とすれば、おそらくあの後、すぐに味方がやってきたのだろう。
 エーディンも、無事に違いない‥‥‥。そう思って、ジャムカは大きく息をついた。
 自分の置かれている状況を理解すると、ふと足の方にかかっている重みに気付く。この重みのせいで動けなかったのだ。
 ‥‥‥何だ?

 起き上がって確かめようとしたとき、部屋のドアが開いた。
「あ!ジャムカ、目、覚めたんだ。」


 ぱたぱたと、よく見知った小柄な少年が、元気よく駆け寄ってくる。
「‥‥‥デュ−?」
 呻く様に言って、身を起こそうとする。
 と、起き上がりきらないうちに視界が一回転した。同時にひどい頭痛に襲われて、ジャムカは思わず片手を頭にやって再び寝台に倒れこんだ。
「っ‥‥‥」
 慌ててデュ−が声をかける。
「ちょ、ちょっと、まだ起きない方がいいよ。ひどい出血だったって聞いてるし、今までずっと‥‥‥ええとね、三日も寝てたんだから。飲まず食わずだし、貧血起こしたでしょ?」
 痛みに顔をしかめながら頭を抱えたまま、デュ−の言葉を聞いて、わずかに眉を顰める。
「三日‥‥‥?そんなにか‥‥‥。そうだ、一体あのあの後どうなったんだ?」
 痛みが少しずつ引いてきた為、額に手をやったまま上半身だけをなんとか寝台から起き上がらせて、ジャムカはそう問いかけた。

 デュ−は経緯を語った。
 シグルド達はアグスティを制圧した後、エルトシャンを解放した。やがてグランベルからの使いを受けて、シャガールの牽制のために王都に留まる事になったのだ。シャガールは、忠言を無にされ、幽閉されてもなお付き従うエルトシャンと共に、西方に位置するシルベールへと向かった。
 シグルド自身は、ジャムカを含む負傷兵をマッキリ−に残しエーディンやエスリン等に治療を任せて、先に本国からの命令通りアグスティへと軍を進めたのだと言う。
「‥‥‥で、オイラも残って怪我人の手当ての手伝いさ。」


 一通り事情を飲み込むと、ふと、ジャムカは起きた時に感じた違和感を思い出した。
 先程から感じている足の圧迫感は何なのだろう。と、視線をゆっくり移動させる。目に入ったのは‥‥‥‥
「エーディン‥‥‥?」
 エーディンは寝台の横の椅子に座り、ジャムカの足の方に上半身をを臥せる様にして寝息をたてていた。戸惑いながら、デュ−の方へと視線を移す。
「手当てした後、目を覚ますまで看病するって言って聞かないからさ。流石に疲れて寝ちゃったみたいだけど‥‥‥。三日間、つきっきりだったからね。」
 言ってから、デュ−は持って来たらしいシーツをエーディンの肩にかけてやった。
「無茶するよなぁ‥‥‥本当に危なかったって聞いたよ?出血が多すぎるから、傷を塞いでももつかわからないって‥‥‥。エーディンさん、泣いてたよ。」
「‥‥‥。」
 ジャムカはそっと手をのばして、エーディンの髪に触れた。休みもろくに取らなかったのか、ジャムカが身を動かしても全く目を覚ます気配を見せない。
 安堵の念が沸き上がった。

 ‥‥‥無事だったのか。


 ―――その時だけは、他の事はどうでもいいと思った。

 黙り込み、話す気配のなくなったジャムカを見て、デュ−はそっと部屋を後にした。


 
 
 

Continued.



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