07.鎖 


「エーディンさん!こっちこっち」
 デュ−は後ろを振り返って声をかけながらも、暗い森の中を草木をかき分け足早に進んでいく。エーディンは後をついて行くのがやっとだった。何度も杖を取り落としそうになりながら、必死で前を行くデュ−に追い付こうとする。
「デュ−、本当に森の中を通って大丈夫なの?ここじゃシグルド様達からもこっちは見えないし、私達の方からもグランベル軍は見つからないわ。」
「大丈夫、もうじき森を出るよ‥‥‥ほら。」
 デュ−がそう言って立ち止まる。エーディンがその先に目をやると、突然道が開けていた。エーディンも一瞬立ち止まるが、デュ−に「早く!」と声をかけられ慌てて先へと進んでいく。
 
 ‥‥‥森を抜け、先を急ごうとした二人の前に、突然幾つかの人影が立ちふさがった。


「エーディン公女だな?‥‥一緒に来てもらおう。」
 マ−ファからの追手だった。デュ−がまずい、と小さく呟く。腰にさしていた、大して質がいいとも思えない剣を抜き放ち、エーディンに向かって叫んだ。
「エーディンさん、逃げて!」
 しかし、とっさの事でもあり、森を抜けたばかりで体力を消耗していたエーディンは、すぐには動く事が出来なかった。
 その時。
 風を切る音とともに、一筋の矢がデュ−に斬り掛かろうとしたマ−ファ兵の背に突き刺さった。突然の背後からの攻撃に、為す術もなく兵士が倒れる。
「‥‥ミデェ−ル!」
 エーディンが矢の放たれた方を見て叫んだ。視線の先にいた騎士は、既に次の矢をつがえようとしている。
 エーディンの視線を追って、別の兵士がミデェ−ルに向かって行った。すると、今度は呪文の声とともに、燃え盛る炎が兵士に襲い掛かった。
 残った兵士達が一斉に方向を変えて背後の敵に相対する。しかし、その時にはすでに突如現れた一軍が、彼等の背後をついて次々と打ち倒している所だった。

 ‥‥‥やがて、追手をすべて追い散らした一軍の指揮官がエーディン達の元へと歩み寄る。
「シグルド様、来て下さったんですね。‥‥‥ごめんなさい、シアルフィの方々まで巻き込んでしまって。」
「そんな事は気にするな。無事で良かった、皆もきっと喜ぶよ。‥‥‥それより、どうしてここに?」
 エーディンはここに至るまでの経緯をシグルドに伝えた。シグルドは話を聞きおえると、少し考え込む様に言った。
「ジャムカ王子か‥‥‥彼は、他の二人の王子と違って人望があったようだが。今、彼はヴェルダン城に?」
「ええ‥‥‥国王を説得すると。私とデュ−‥‥この子を、街の外まで連れ出してくれたのです。」
 エーディンはデュ−を目で指しながら答えた。
「そうか‥‥。エーディン、君はミデェ−ルと一緒にユングヴィへ戻るといい。ここから先は危険だ。」
 シグルドは諭す様に言ったが、エーディンは首を横に振った。
「いいえ、私も軍に同行させて下さい。これから多くの人が傷付きます、プリーストの力は必要になるでしょう?‥‥‥この戦いを見届けたいのです。」
 エーディンはそう言って、残る意志を伝えた。帰りそうもない雰囲気を感じ取ったのか、シグルドもそれ以上は言わず、そのままエーディンの同行を認めて事後処理のためにその場を後にした。


「エーディン様!」
 シグルドと別れた後、背後からかかった声にエーディンは振り向いた。声の主に笑顔で返事をする。
「ミデェ−ル!元気になったのですね。よかった‥‥‥さっきは、ありがとう。」
「いいえ、貴女こそ、よくぞ御無事で‥‥‥‥私に力がないばかりに、このような危険な目に合わせてしまって‥‥‥申し訳ありません。」
 ミデェ−ルはエーディンの前に跪いて、顔を伏せた。堅苦しい返事を聞いて、エーディンは思わず苦笑する。
「‥‥‥あなたのせいじゃないわ。本当に、元気になってよかった。これからもシグルド様に協力して差し上げてね。」
「勿論です。お世話になった御恩は決して忘れません。‥‥‥そして、エーディン様、今度こそ必ず貴女をお守りします。」
 ミデェ−ルは顔をあげて、きっぱりと言い放つ。エーディンは「ありがとう」と微笑んだ。

 

 ミデェ−ルが立ち去るのと同時に、燃えるような赤い髪の青年がエーディンの元へと近付いてきた。その姿をみて、エーディンが少し驚いたように声をあげる。
「‥‥‥アゼル?それじゃ、さっきの炎は‥‥‥あなたも来てくれたの?」
「うん、ユングヴィが襲われたってきいて、居ても立ってもいられなくて‥‥‥エーディン、無事でよかったよ。」
 ほっとしたようにアゼルが答えた。少し不思議そうな顔で、エーディンが問い掛ける。
「ごめんなさいね、あなたまで巻き込んで。‥‥でも、アルヴィス様は許して下さったの?」
 アゼルの顔が曇る。そのまま、少し声を低くして答えた。
「いや‥‥‥兄さんには黙ってきたんだ。」
「どうしてそんな無茶を?あなたは争いを好まなかった筈なのに。」
「それは‥‥‥‥」
 アゼルはそこまで言うと、黙りこんだ。エーディンは次の言葉を待っていた様だが、アゼルは「なんでもないよ」と言って、直接の返事をしなかった。


 ‥‥‥やがて、エーディンとデュ−の二人を加えたシグルド軍は、再び進軍を開始した。


 ジャムカは国王バトゥの自室で、必死に父にグランベルと和睦を成立させる様に説いていた。必要なら自分が使者として行ってもいい、グランベル軍の指揮官シグルドは決して話のわからない人物ではない、とも。
「しかし‥‥‥‥」
 バトゥが戸惑った様に答えようとした時、天蓋の後ろから現れた闇色のローブを纏った魔導士が、その言葉を遮った。
「ジャムカ王子‥‥‥まだその様な事をおっしゃっているのですか?つい先程、連絡が入りました。ガンドルフ王子は戦死‥‥‥マ−ファが落ちたそうです。」
「‥‥‥!」
 突然口を挟んだ無礼を咎める事も忘れ、ジャムカは一瞬言葉を失った。それを見透かしたように、サンディマがつづける。
「王子二人が殺害され、すでに兵士達にも並々ならぬ被害が出ているのです‥‥‥あなたもヴェルダンの戦士ならば、一軍を率いてグランベル軍を迎え撃ってはいかがですか?『神技の王子』が出撃なさるとなれば、さぞや軍の指揮も上がる事でしょう。」
 そう言って、顔に薄笑いを浮かべる。バトゥは困惑の表情を見せていたが、口に出しては何も言わなかった。

 ‥‥‥もう、無駄か。


 ジャムカは、やがて低い声で言った。
「‥‥‥‥わかりました。今から部隊を率いて、グランベル軍を迎え討ちます、父上。」
「ジャムカ‥‥‥」
「和睦の件‥‥‥‥どうか、今一度お考え下さい。‥‥失礼します。」
 それだけ言って、踵を返して歩き出す。その後ろ姿に、サンディマがまるで嘲笑うかの様な響きをこめて声をかけた。
「健闘をお祈りします‥‥‥殿下。」
 その言葉に足を止め、ジャムカは吐きすてるように言葉を投げかけた。
「サンディマ‥‥‥‥戻ってきた時は、貴様だけはただではおかない‥‥‥!」


 ジャムカは自室に戻り、白色のバンダナを頭に巻いて髪をまとめた。皮製の胸当て、手袋、革靴などで武装し、矢筒を引っ提げて、キラーボウを手にとって、再び部屋を出て外へと向かう。すると、背後から呼び止められた。
「ジャムカ!」
 声の主は、ザハだった。ジャムカは足を止めて振り返った。
「お前‥‥‥出撃するつもりなのか?それで一体どうするつもりだ!?」
「‥‥‥‥サンディマの野郎、厄介払いをするつもりなんだろうな。」
 微苦笑すら洩らすジャムカを、ザハは不審な顔つきで眺めやった。
「そうとわかっているなら、何故行く。陛下が進んで命を下した訳じゃないんだろう?」
「ああ。‥‥‥だが、止めはしなかった。」
 非難する様な眼差しで問い詰める友人に、悲しげに微笑んでみせる。なおも何か言おうと口を開くザハを目で制して、言った。
「‥‥‥俺も、ヴェルダンの王子だ。現に攻められている以上、戦には出る。‥‥‥父上を頼む。」
「‥‥‥‥」

 己の無力さを思い知らされる。
 義父が何故こうまでしてこんな争いを続けるのか、それすらジャムカは未だに理解できなかった。グランベルに対する反感だけではない、一体何があるのか。
 それさえわかったなら。その原因を断ち切る力が、自分にあったなら。
 ‥‥‥争いを止める事は、叶ったのだろうか


 ザハが返事が出来ずにいるうちに、ジャムカは踵を返して再び歩いていった。
 止めようとしても、彼を説く言葉が浮かんで来なかった。
 
 祖国を誰より想い、それを守るためにジャムカが受け入れた王子と言う立場。何もかもが今は彼自身を死地へと縛り付ける鎖となっている。
 ザハはその鎖を断ち切る術を知らなかった。
 
 ―――あの子をお願いね―――
 ザハがかつて母の様に慕った女性の言葉が彼の頭の中に響く。
 孤児となった彼を、実の息子同様に育ててくれた男の顔が浮かんで、消えた。
 この上ない恩を感じ、そして最初の主人となった二人。そして、今、彼の唯一の主である青年は、先の見えない戦場へと向かって去っていってしまった。
「殿下‥‥‥妃殿下‥‥‥。俺は、あいつになんて言ってやればいいんですか‥‥‥?」


 
 
 

Continued.



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