04.遠い記憶  

 ジャムカは自室の寝台に横になっていた。
 傍らにある、小さなテーブルの上には、深い藍青の花で編まれた花の冠が置いてある。
 昼間、ある人物に贈られたものだ。横たわってそれを眺めながら、昼間の事を思い出す。

 ‥‥‥なんで、あんな話をしたんだ?
 エーディンに、色々な事を聞かせた様に思った。
 彼女を花の咲く場所へ連れていったのは、ほんの気紛れだった。勿論、その後の話も思惑の外だ。
 特に遮るものも無いまま、自分の胸の内を語っていた。それこそ、『なんとなく』で片付けられる程度の気紛れ。
 理由は、わからない。

 ‥‥‥なんでか、聞いて欲しかったのかもな‥‥‥?

「‥‥‥馬鹿馬鹿しい。」
 呟いて、立ち上がった。部屋を出ると、テラスへと向かう。
 風に当たりたかった。


 夕刻、ジャムカがエーディンを連れて城に戻ると、ガンドルフはひどくエーディンを問い詰めた。
 しかし、エーディンが逃げ出した理由を話し、ジャムカが口を添えると、それ以上何も言えなくなったのか、ふてくされた様にさっさと自室へ戻って行ってしまった。

「逃げようとするなら、わざわざ一人で街道と反対にある森へ出てくる馬鹿は居ないだろう?大体、あんたの部下はエスコートも出来ないのか?見物どころじゃなかったってさ。」


 ジャムカがテラスに立つと、ふと背後に人の気配を感じた。
 振り返った先に居た、相手の顔をみる。ジャムカが何か言おうとするより早く、相手がからかう様に話し掛けて来た。
「よぉ、久しぶりだな、我らが太子殿。」
「‥‥‥ザハ?」

声をかけてきたのは、一人の青年だった。ジャムカより、背は低い。肩の上までのばした、くすんだ色合いの青みがかった銀髪と、同じ色の灰色がかった青い瞳を持っていた。その双眸は、からかうようにジャムカに向けられている。
「来ていたのか?」
「今日着いた。ほんの数刻前にな。ガンドルフ王子の所にも挨拶に行ったけど‥‥なんか機嫌悪そうだったな。」
 笑いながら言う。ジャムカはつい訊ねてしまった。
「エーディンの事か?」
「エーディン?‥‥‥ああ、グランベルから連れて来られた、例のお姫様の事か?その話も聞いたけど‥‥‥‥」
「それも?他にもあるのか?」
「そのお姫様を探しに自分も町へ出たら、金髪の盗賊小僧に財布すられたんだってさ。しかも逃げられて。」
「なるほどな‥‥‥」
 それで不機嫌であったのかと思わず納得してしまい、ジャムカも苦笑を洩らした。


 ザハ・クルハ。首都ヴェルダンで城仕えをしている彼はまた、ジャムカの補佐役について、国王の後継者であることを認めさせるのに一役かっていた。

 ジャムカより2歳年上のこの青年は、ヴェルダンの文官の家に生まれついたが、幼い頃に親を亡くした所をジャムカの実の父親が引き取ったのだった。ジャムカはこの青年と、兄弟同然に育った。人の居ない場所とはいえ、ジャムカに対してこうもぞんざいな物言いが許されるのは、肉親以外では彼くらいなものだろう。
 くすんだ銀髪と瞳はあまりこの土地ではみられない風変わりな容姿であったせいか、彼やその両親の死には根も葉も無い噂がつきまとってしまい、誰もすすんで彼をひきとろうとする者はいなかった。父親が森に迷いこんだときに精霊に魅入られて出来た子供だとか、そのせいで災いを受けて両親は死んだのだとか、そういった埒も無い噂を一蹴してのけたのが、ジャムカの実の父にあたる人であった。以来、ザハは彼とその息子のジャムカには出来るだけの事をしようと心に決めているらしい。
 現在はヴェルダン宮廷で宰相の役目を務めている。他の家臣よりはるかに若いながらも、その才は老齢の文武官、誰も及ばない程の力量の持ち主であった。武道にもそれなりに優れ、短剣を手に新米兵士を複数同時に相手に出来る、その程度の技量は持っていた。短剣やナイフは一般に間合いの点で他の武器より不利なため、あくまでもそれは護身用のものだが。 しかし、サンディマが宮廷に現れてからは、城に姿を現す事は減り、役目も最低限をこなす以外はめっきり仕事を控えていた。ジャムカと違い王族ではない彼は、不用意な言動ですぐに謀殺される可能性があったためである。
 国王を諌めるのが当然ではないかと非難するものもあるかもしれないが、あくまでも彼の仕えるのは国王ではなく、太子であるジャムカである。分に過ぎた行動で無為に命を捨ててしまっては、元も子もない。それが彼の言い分だった。


 一通り挨拶を済ませて、ザハは用件を切り出した。
「それで?ガンドルフ王子は少しは話を聞いてくれる気になって下さったのか?」
 問いを受けて、ジャムカは苦々し気な顔つきになった。返事はしなかったのだが、ザハはその様子をみて事情を察したようだ。
「‥‥‥そう簡単に退く訳ないか。陛下からの命令でもない、それに『ユングヴィの公女』なんて戦利品もあるっていうしな。‥‥‥そういやまだ会ってないけど、かなりの美人だって?」
 ザハの問いに、ジャムカはつい先日この国にやってきたばかりの、金の髪の娘の姿を思い浮かべた。
「まぁ、美人には違いないが‥‥‥‥」
 言ってから、小さく笑みをこぼして付け加える。
「結構な変わり者だ。」

 返事を聞いて、ザハは怪訝な顔で、苦笑しているジャムカを見やった。が、すぐにその話題は流して、訊ねるべき問いをとりあえず続ける事にする。
「‥‥‥無粋な質問で悪いが、まだ、何もされていないんだよな?」
 ジャムカがザハの顔を見返し、肩をすくめる。
「城についたその日に俺が文句を言いに来たもんだから、手を出しそびれたらしいな。‥‥‥無事に彼女をユングヴィに送り返すためにも、しばらくここに滞在する。傷でもつけようものなら、目も当てられない事になるからな。‥‥‥‥どうやら、兄貴は俺に口煩く言われるのが嫌で、無理強いしないと決めたらしい。こうなると、この間の皮肉も聞いてるって所か。」
 ジャムカの言葉に、ザハは眉を顰めた。
「‥‥‥何言ったんだ?お前。」
「‥‥‥ちょっと、いざこざがあってな。『女にまで手を上げる様じゃ、攫ってでも来ないと結婚する相手もいなくて当然だ』‥‥‥と言っておいた。」
 ザハが呆れた顔をした。
 返事は控える事にしておく。

 ‥‥‥ややあって、思い出した様にザハが言った。
「‥‥‥まぁ、こんな事で国を潰させる訳にはいかないよな。殿下や妃殿下とも約束したし。」
「‥‥‥‥‥。」
 今度は、ジャムカは返事をしない。


 

 ザハが「妃殿下」と呼んだ女性―――ジャムカの母は、病弱ではあったが意志の強い女性であった。

 ―――ジャムカをお願いね。この子を助けてあげて。
 かつてザハにそう言って、そして、ジャムカに尋ねた。
 この国――ヴェルダンの森や湖、そして人々が好きか、と。
 幼いジャムカがしっかり頷くと、それなら‥‥とまた口を開いて、
「それなら、強くなりなさい。この国を大切に思うなら‥‥‥他の誰よりもそれを守る事の出来る、そんな力をあなたは持っているのだから。あなたのお祖父様や、お父様がそうである様に。」

 ‥‥‥その言葉は、父を失った日からジャムカが太子の地位を受け入れた今日に至るまで、ずっと彼の記憶から消える事はなかった。元々自由な身が好きな彼には、王位に対する執着はない。自分が今の身分を受け入れる事で、ヴェルダンを守る事ができるなら。それが、故郷に対する彼の想いの全てだった。
 良き将、良き王族たらんとする。それは、周囲に望まれたから、彼がそういった地位に生まれたからではない。押し付けられたからではなく、彼自身が、自分の過ごした地の為に生きようと望むからこそ、その重責にも耐える事ができるのではないだろうか
 養父であるバトゥへの換言も聞き入れられない今、自分は無力なのだろうか。そんな思いがジャムカの頭をよぎる。
 このまま戦いが始まってしまえば、自分も戦場に出る事になる。軍人でもある立場上、望まずとも出ざるを得ない。
 本当に、それでいいのだろうか。


「‥‥‥まだ時間はあるさ。あの胡散臭い魔導士をどうにかしないとな。」
 ジャムカの頭の中を見すかしたように、ザハが言った。ジャムカは友人の顔を見やった。
「しっかりしてくれよ。」
 笑いながら、ザハはそう声をかけた。
 この青年は公言こそしないが、プライドが人一倍高い。自分が認めたものにしか仕えようとしない彼が主人として認めた者は、彼を引き取り育てたジャムカの父が亡くなって以来、ジャムカただ一人である。その彼がこれしきで挫けてしまう様では困るのである。
 
 ジャムカは苦笑して「わかってるよ」とだけ答え、再び黙り込んだ。


 
 
 

Continued.



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