優しき花


 次々に射し込んでくる木漏れ陽が、目に眩しい。


 ジャムカは、頭上を見上げた途端に目に飛び込んで来た光を、僅かでも避けようとして右手を額の前に翳した。指の合間を縫う様に、なおも木漏れ陽が落ちてくる。
 ―――やがて、目を閉じた。
 翳していた手を降ろし、大木の根元に座り込んだそのままで、新緑を通して降り注ぐ日射しを全身に浴びる。

 不意に、人の気配が近付いた。
 地面に落ちていた小枝が踏み折られた音が聞こえる。
 ‥‥‥誰がやってきたのだろうか?

 

「ジャムカ。」
 よく通る、澄んだ声が耳に入った。
 声だけで、自分の名を呼んだのが誰なのかわかる。―――わかってしまうだけに、今はあまり振り向きたくはなかった。
 視線を地面に落とし、振り向かぬままで声の主に答えた。
「‥‥‥何か、用か?エーディン。」

 輝く金の髪をした乙女。聖女と呼ばれるこの女性には、その手にする杖がよく似合っているとは思う。
 しかし、今のジャムカは『その杖を』避けていた。彼女の手にする杖を見て、無意識のうちに左腕を隠す様な仕種をする。
「デュ−が、あなたが怪我をしてるみたいだって‥‥‥その左腕?傷を見せて。」

 ‥‥‥また、あいつか。
 やたらと自分に懐いている、元(というのは自称である)盗賊の少年の人なつこい笑顔を思い出して、ジャムカは右手を額にやった。
 余計な事を‥‥‥。

「手当てなら、もう済ませた。大した傷じゃない。治療なら‥‥‥結構。」
「でも、応急手当てだけなんでしょう?‥‥弓使いが、腕の怪我を放っておいていい筈がないわ。」
「別に、支障は無い。」
 短く言って、左手を掲げてみせる。エーディンは上げられた腕に目をやって、整った柳眉をひそめる。「でも‥‥‥」と何かを言いかけた所を遮って、ジャムカは口を開いた。
「治療は必要無い。‥‥‥デュ−に言われたのはわかった。それで、何故わざわざこんな所まで来たんだ?」
 ここへ来たと言うからには、わざわざ城を出て、ジャムカが行きそうな場所を探し回ったところなのだろう。金の髪が僅かに乱れているのは、大分長い事外に居たためだろうか。
 ‥‥‥突き放した言い方をしながら、エーディンの曇った表情が、内心では辛かった。
「城内を探し回っても、いつも姿が見えなかったから。それとも‥‥‥避けていたの?」
 言われて、一瞬、返事に詰まる。

「‥‥‥偶然だろう。」
 何気ない風を装って、なんとか言葉を返す。

「それなら、傷の手当てくらいはさせて。」
 歩み寄ろうとするエーディンを、ジャムカは右手を上げて制止した。
「不要だ。‥‥‥わざわざ来てもらった事には、詫びさせてもらうけどな。」
 言って、その場に立ち上がる。

 「ジャムカ!」
 慌てて呼び止めようとするエーディンを後目に、ジャムカはその場を立ち去った。


「エーディン、どうかしたのか?」

 城へ戻った後、中庭で、何をするのでもなく足元の花を眺めやっていたエーディンは、静かな、だがどこか艶のある声に呼び掛けられて振り返った。
 視線の先に、一本の大剣を携えた、一人の女が立っている。
 漆黒の髪に、黒曜の瞳。端正な顔立は、エーディンとはまた違った雰囲気ではあるものの、美女と言って差し支えないだろう。ただ、その放つ冴え渡った雰囲気は、磨いだばかりの剣の刃の様な鋭い印象を与える。
 一見冷たそうに感じられるが、この女剣士がその放つ雰囲気とは裏腹な優しさを持っている事を、軍内の多くの者が知っていた。
「アイラ。‥‥‥ちょっと、考え事をしていただけ。」
 些か元気の無い声を、エーディンは上げた。


「ジャムカ王子の怪我の手当てにいったのだろう?つい先程、彼も戻って来た様だが。‥‥‥何かあったのか?」
 淡々と話し掛けるアイラの様子からは、特に理由も無く行きずりに話しかけて来たのか、エーディンを心配してわざわざやってきたのかはわからない。
 いずれにせよ、本人は、特に意識している訳では無いのだろう。
「断わられたわ。『必要ない』って。そして、すぐに行ってしまった。‥‥‥やっぱり、避けられてるのかしらね?」
 エーディンは寂し気な笑みを返した。アイラが再び訪ねる。
「何か、避けられる心当たりでも?」
「‥‥‥‥ヴェルダンでの事を思い出すのかもしれないし、ただ単に私が嫌われているだけかもしれない。‥‥‥敢えて理由を探すとしたら、思い当たるのは一つではないわ。」
 それまでは辛うじて笑顔を保っていたエーディンの表情に翳りがさした。

「『避けられているのかもしれない』。‥‥‥そう思うなら、何故わざわざ関わろうとするんだ?嫌な思いをするくらいなら、彼に近付かなければいい。」
 小さく首を傾げて、アイラは言った。
 少々突き放した様な言い方だが、口調はそれまでと全く変わっていない。思ったままを口にしているのだろうか。
 その様子が、かえって返事をしやすくした。
「‥‥‥どうしてかしらね‥‥‥。自分でもよくわからない。」
 頭を振って、エーディンは言った。


「あなたは、彼の事を‥‥‥?」
 アイラは再び訪ねた。最後まで言われなかった言葉は、それでも彼女が何を訊ねたか表していた。
 問いたい真意を察したため、エーディンは、再び僅かに頭を振って答えた。
「‥‥‥そんなのじゃないわ。ただ‥‥‥放っておきたくないだけ。」

 エーディンの言葉は、内心を隠す為のものか、それとも本当にそう思って言った事なのか。アイラは判断するのは避ける事にした。いずれにしろ、関わっても詮無い事である。
 だが、言っておかねばならない事がある様には感じて、眉を顰め、口を開いた。

「‥‥‥生半可な同情なら、しない事だ。そんなものを押し付けられても、相手は自分の傷の痛みを思い出すだけだ。」


 ‥‥‥僅かではあるが、アイラの声の調子が変わっていた様な気がした。
 ごく微少な、怒りにも似た感情を彼女の言葉の裏に認めて、エーディンは自分に向けられた鋭い視線をみつめ返した。
 真剣に答える必要を感じて、エーディンはきっぱりと言い放った。
「同情なんかでは、ないわ。」
「‥‥‥。」
 ‥‥‥やがてしばらくの間をあけた後、アイラは小さな溜め息を一つついて、「わかった」と答えた。
「余計な口出しをして済まなかった。」

 静かに言ってその場を立ち去って行くアイラの後ろ姿を、エーディンは黙ったまま見送っていた。


 
 
 

Continued on Page 2.



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