00.プロローグ―――時はグラン暦800年。ユグドラル大陸の端、「森と湖の国」と呼ばれる場所。豊かな自然に恵まれた、ヴェルダン王国。 聖戦と呼ばれる戦いを経て、新たな国王を迎えて独立したその国は、長い戦いの惨禍を癒し、今では静かな、そして穏やかな日々を送っている。 「さて、何を買って帰ろうかな。」 よく晴れたある日の午後、澄んだ青空の下、エバンスの城下町を一人の若者が歩いていく。
仕事に厳しい勤め先の主人に、どうしてもと頼み込んで、早めの仕事上がりを許可してもらった。後日、普段以上に仕事が増える事になるだろうが、まぁそんな事はどうでもいい。
青年の視線の先には、小さな宝飾物店がある。店頭に青年がみたのは、小さなペンダントだった。 青い花弁を模した宝玉がはめ込まれている。少々値が張る品の様だ。宝玉と同じ色をしたその箱には、小さな金属板の上に銘が彫られている。 『青の約束』。 そういえば、聞いた事があるな‥‥‥
数多くの伝説が眠るこのヴェルダンでも、それは比較的最近に生まれた話らしい。
おそらくはその逸話からのイメージで作られたものだろう。その花の元となった植物については、実在するともしないとも言われている。幾らか目撃したと言う声も上がっており、希少な種なのではないかと言う話だ。勿論、面白半分にそういったものを採集する事は禁じられているのだが。
「‥‥‥」
青年は、恋人への贈り物を決めた様だ。
ややあって、ペンダントの入った小箱を手に家路を急ぎながら、青年は酒場の看板を目にして立ち止まった。
青年が酒場に足を踏み入れる。 流石に、休みでもない日の昼間とあっては、客の姿はほとんど見当たらない。準備中の札はかけられてはいないが、この様子ではあってもなくてもさして変わらないだろう。
青年はカウンター中央の席に座り、ジュースを注文して主人に訪ねた。
主人の後ろ姿を見送った後、青年はもう一度店内を見回した。 ‥‥‥あれ?あんな客、居たかな?
同じカウンターの端の席に、一人の男が座っていた。
深緑の髪と瞳を持った、神秘的な男であった。しかし、明らかに若く見えるのに、その持つ雰囲気はどこか、らしからぬ落ち着きを感じさせた。深い緑の髪から肩にかけて、薄紫色の模様の織り込まれた異国風の布を巻き、小さな笛を手にゆったりと腰掛けている。 「‥‥こんにちは。どうかなさいましたか?」
青年は最初、男が自分と同じ程の年齢だと思っていたが、実際に聞いたその声や口調、そして物腰から受けた印象は、老人とも若者ともつかなかった。話せば話す程、相手が人間としてどんな分類にも属さない様なそんな感じを受けて、本当に人間なのだろうか、そんな疑問すら浮かんだ。
詩人だと言うその男の少々唐突な申し出に、青年は少し考え込んだ。すぐに主人は戻って来てしまうだろうが‥‥‥
‥‥‥まぁいいか、少しでも。吟遊詩人なんて、滅多に会えるものじゃないだろうしな。あいつにも帰ったら聞かせてやれる‥‥‥‥。
そういって、その詩人は語り始めた。
―――それは 名も無き王の物語り。
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