その指先のぬくもりを






がれきの海と化した世界にも、朝の日差しは差し込む。
灰色の空の下で絶望に震えていた人々も、再び夢を見ることをはじめた。



魔大戦の再来とも呼ばれた、暗黒の時は終焉を迎えた。
元を正せば、ガストラというたったひとりの男の欲望から始まった時代    否、ガストラという男に全ての欲望を託した、人間たちの醜い部分が引き起こした時代だったのだと思う。
しかし、既にガストラは亡く、彼によって生を歪められ彼を手に掛けた魔道士ケフカもまた、その命で罪を贖った。
贖わせたのは……私たちだ。


そして今、私は自治連合国家となった元ガストラ帝国領で、復興に意欲を燃やす人々の指導者として生活している。



皮肉なものだ、と思う。
帝国に反旗を翻し、一時は抹殺されかかっていた私が、結局は帝国を崩壊させる原因の一端を担い、そしてまた復興の旗印となっているのだから。



私の生は、帝国の欲望によって歪められた。
『常勝将軍』の名の影に、『人工魔道戦士』    『モルモット』という嘲笑がいつもついて回っていた。
もしも    もしも、あのまま帝国が世界の覇者となっていたら、私は偽りの憧憬と隠された嘲笑から一生逃れることは出来なかったと思う。


魔道の力に翻弄される、からくり人形として、一生    



私を闇の運命から救い上げてくれたのは、たったひとりの男の手だった。



開け放した窓のカーテンが、揺れた。
風ひとつない夜の中で。



「ただいま、セリス」
足音ひとつ立てず、彼は私の部屋の中に滑り込む。
世界中を飛び回る冒険家としての無意識の癖。
「おかえりなさい、ロック」
年に数回会えるか会えないかという程度の彼は、それでもここに来てくれる時は必ず『ただいま』と言って顔を見せてくれる。
その言葉ひとつで、長く会えなかった不安が消し飛ぶ事を、彼は理解してくれているのだろうか。
「今回は長かったわね」
「バナンのじーさんが人使い荒くてさぁ。ホントはもっと早く帰ってくるつもりだったんだけど」
「たまには連絡くらいしてほしいわ」
無駄だと思いながら、そう言わずにはいられない。
ロックはかつて反帝国運動を掲げてきた『リターナー』と呼ばれる民の間で、絶大な人気を誇っていると風の噂に伝え聞いている。『荒野の反乱戦士』の名は、『フィガロの英雄王』よりももっと民に近い場所に立つ勇士として、その名を叫ばれているのだと。
私がそう言うと、逆に「でも、『陽光の常勝将軍』だって大したもんだぜ」と冷やかされるのだけれど。
そう……狂ったケフカの野望を打ち砕いた私たちには、何らかの称号が冠され、英雄に祭り上げられている。私たちは、別に英雄扱いされたくてケフカを倒したわけじゃない。ただ、自分と自分の大切な者の為に    愛する者がいる世界を取り戻すために、剣を振りかざし禁断の力を呼び起こしただけなのだから。
けれど、もしもこの名ひとつが人々の希望の糧となるならば、私はそれでも構わない。惑わされてきたとは言え、ガストラ帝国の将軍として罪なき命をあやめてきた私の、それは贖罪だった。
ともあれ、そうして世界中で名を呼ばれるようになった私たちは、以前よりもずっと多忙で、運命を分け合ってきた仲間たちともそうそう連絡も取れないような状況に陥っていた。
私とロックも、例に漏れず。
「ごめん。手紙くらい出そうと思ったんだけど、ここんとこずっと睡眠そっちのけで働いてたから……」
「…いいのよ、分かってるの、ちゃんと。ただ、無事でいてくれるならいいの……」
そう、無事でいてくれるならそれでいい。帰ってきてくれなくても、どこかで元気にしていてくれるのなら、それでいいのだ。
ひとつの所にとどまれない、風のような人だと分かっているから。
「…あ、そうだ。これ……」
「なぁに?」
無造作に丸めた紙を渡され、私は好奇心を滲ませながら紙を開いた。
場違いな程に綺麗に磨かれた髪飾りが姿を現す。それは、装飾品の類には多少疎い私にも、熟練された職人の作であろうと一目で分かった。
「ドマの細工物なんだってさ。……お前に似合うと思ったから、譲ってもらったんだ」
「とても綺麗だけど……でも、その……高価(たか)かったんじゃ…?」
不安そうに声をかけると、ロックは胸を張って答える。
「なーに言ってんだよ! この、伝説のトレジャーハンター、ロック様の手にかかれば、これくらいなんてことないんだって!」
その姿が少年のように無邪気だったので、私は思わず笑ってしまった。
「そう……ありがとう、大切にする……」
「喜んでもらえたみたいで、ほっとした」
ロックは穏やかに微笑み、私の部屋に用意されているソファに身体を投げ出した。
私は机のランプを消し、ソファに歩み寄る。疲れ切っている様子のロックに、優しい香りのお茶を煎れて上げるために。
「……ね、今度は何処に行っていたの?」
「そりゃあもう世界中。割と長く行ってたのはドマ方面かな。そうそう、途中でカイエンとガウと…あと、エドガーにも会ったよ。セッツァーんトコにも用事があって顔出した。あいつらも忙しそうだったなぁ……みんな、セリスによろしくって言ってたよ」
「そう……みんな、元気にしているのね……会いたいわ」
「会えるさ。生きていれば、必ず」
『生きていればまた会える』    その言葉に込められたロックの万感の想いを、私たちは少なからず知っているつもりではいる。
彼は昔、未来を誓ってもいいと思っていた恋人を失った。しかも、同じ人を三度も失ったのだ。
一度目の喪失は、恋人の忘却によるものだった。ロックを庇って洞窟で足を滑らせた彼女は、全ての記憶を失っていた。
二度目の喪失は、一度目の死。記憶を失った彼女に拒絶されたロックが疎遠になっているうちに、帝国の兵士によって焼き滅ぼされた。
そして三度目は……私たちの目の前で繰り広げられた、奇跡と終焉。死に絶えた炎の鳥と共に一瞬の復活を成し遂げ、今度こそ永遠に失われた。



ふと、ロックは声を落とす。
「なあ、セリス……」
「どうしたの?」
「俺さ、お前の事を守るって約束してやってのに、全然お前の側にいてやれなくて……本当に悪いと思ってるんだ」
呟く彼のヘイゼルの瞳が、苦痛に耐えるかのように歪む。
「でも……絶対、帰ってくるから。ここに……お前の側に」



……今でもロックが旅の生活を続けているのは、失った昔の恋人の事がトラウマになっているせいかもしれないと思う。
置いて行かれる事の辛さを、誰よりも強く深く抱えている人だから、自分が何処にいても何をしていても、私たちがそこに『居る』という事を確かめたがっているのだと。
いつだって、私たちがここに『居る』という事を、自分自身に信じさせるために。


けれど。


    ロックになら、試されてもいいと思う。
その立場に甘んじることで彼の傷がいつか癒されるのなら……救われるのなら、私はずっとここに『居る』事が出来ると思う。


私を闇の中から救い出してくれたその手を、これからは私が握りしめて引き上げてあげたい。



「もう少し……もう少しだけ……待っててくれ。絶対にここに帰ってくるから」
「分かってるわ、ロック……」
私はロックにお茶を勧めながら、静かに頷いた。
「私はいつでもここにいるわ……あなたが納得するまで、ちゃんとここにいる。だから……」


    帰ってきてね。きっと無事で、私の元へ……



視界がぼんやりと明るくなり、私はゆっくりと目を開けた。
自分以外の体温を感じて右手に視線を落とせば、私を抱え込んだままのロックの指先に辿り着く。
こうして側にいられる時間は多くはない。もしかしたら、目覚めた彼はまたすぐに出て行ってしまうかもしれない。
気まぐれな風のようにひとつの場所に座っていられない彼と、ここに踏みとどまって成すべきことのある私。
ずっとこんなふうに手を繋いで眠ってはいられない。
優しいだけの夢に揺られてはいられない。


それでも    この手が私を救ってくれたことは事実なのだ。
私を包んで、愛してくれていることだけは    



風のような人だけど
誰にでも優しすぎて自分を責めてしまう人だけど
私はずっと愛してる
その優しさを その傷跡を
誰より 何より 信じてる
その指先のぬくもりを    







2001.4.17



我が愛しの妹カイル様へ、サイト新設のお祝いとして捧げます。
久々のFF6です……ロクセリはオフラインと合わせても2本目。どちらかというとロクセリじゃなくて、セリスとロック、という感じですね。
ほのぼのがいい、とリクエストされたのに、結局はシリアスでシビアで暗いです(笑)。どうにもロックが女々しくてあきまへんな……
ともあれ、サイト開設おめでとうございます。今後のご活躍に期待しております。

南の大地から    精神姉(長女) 佐々木優樹







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