幸福の青い花


 まだ夜も明けないうちから、エーディンは、隣にいる人を起こさないように気をつけながら、寝台からそっと身体をすべらせて降りると身支度を整える。
 早朝の祈りはエーディンにとっては、かかせないもの。それは、ここシレジアに来てからも変わらない。毎朝、城内にある礼拝堂にて神への祈りを捧げる。また、週に一度は近くの教会へ行き、礼拝に参加もしている。
 今日は、その週に一度の礼拝の日だった。
 着替えた後、エーディンは、寝台の傍らへ寄ると、まだ眠っている夫の顔を見た。空が少し白み始めただけの光の中、ジャムカの寝顔が浮かぶ。気配に敏感なジャムカは、エーディンが起きた時に目覚めてしまうことが多いのだが、今日は眠ったままだ。昨夜、遅くまでシグルド公子と話していたようだが、おそらく疲れているのだろう。
 エーディンは、羽布団から出ている彼の手を取ると、くちづけをした。
 シレジアへ来てしばらくしてから二人は結婚式を挙げ、夫婦の居室を与えてもらい一緒に暮らすようになった。
 ここでは特にすることもない。ジャムカの方は毎日訓練を欠かさなかったし、順番で警備の仕事が回ってくることもあったが、それでも、なんとなく手持ち無沙汰な日々が続いていた。
 ラーナ王妃は、シグルドの軍の者達に、とてもよくしてくれたので、平和といえば、平和な日々だったのかもしれないが、エーディンは時々、ジャムカが遠い目をすることに気がついていた。
 時々届く、国からの手紙を読んだ後は、決まって何かを考え込んでおり、エーディンの事も目が入らないようだ。
 ヴェルダンの次期国王が、謀反の罪をきせられた軍内にいる上に他国に世話になっているのだ。彼としては不本意な状況に違いないだろう。それも、すべて、始まりは自分に係わった為かと思うと、胸が痛む。
 何度も悩んだ。果たして、本当に自分は彼の側にいていいのかと。自分がいることで彼が負うだろう様々の負担のことも気になった。
 それに、ジャムカの中には、自分がいるだけでは、埋められないものがあると知っていたから。
 でも、それでも、結局は、エーディンはジャムカの側を離れることはできなかった。
 不思議な事だが、最初は彼の力になりたいと思っていたはずだった。だが、何時の間にか彼の側に居ることによって癒されている自分を知った。
 対して、彼のために何もすることができない無力な自分…。
 だからこそ、エーディンは祈らずにいられない。シグルド公子の為に、この軍の為に、そして、ジャムカの為に……。自分には、これくらいしかできないのだと。
 エーディンは、ジャムカの手を中へ入れると、掛け布団を肩口まで引き上げ、部屋を出た。
 

 侍女を一人だけ連れて、エーディンは近くの教会まで雪の中を歩いて行く。
 シレジアは1年の大半が冬だという。雪が解け、花の咲く季節は数ヶ月だと。
 エーディンの育ったユングヴィは、温暖な気候の国だ。全くというわけではないが、雪は、ほとんど降らないし、寒さにも慣れていない。
 外套を羽織りストールを巻いていても身を切るような寒さを感じる。初めて見た時は、その雪の量と美しさに感動をおぼえたが、いざ、実際に生活をしてみると、感動ばかりもしていられなかった。雪国で生活するという事の難しさが思われた。こんなことは、ずっとユングヴィ城で大切に守られて暮らしていれば、気づくこともできなかっただろう。
 ジャムカは、エーディンが少し離れた場所まで一人で行くことを、よく思っていないようだった。危険だというのだ。
 自分の身を心配してくれることは嬉しかったが、エーディンとしても、このことだけは譲れなかった。渋々ではあるが、ジャムカはそんなエーディンの気持ちを尊重してくれた。 目覚めた時は、一緒についてきてくれることもあるが、無宗教な彼にとっては礼拝は、少し居ずらいものらし。それに、そういつも付き合ってもらうわけにもいかない。エーディンとしてはこれ以上、自分のことでジャムカに負担は、かけたくはないのだ。結局は侍女と二人、教会へと行く。
 朝は、教会の中も冷え切っている。石造りの建物が、ひんやりとした冷気を蓄えているのだ。
 でも、その中へ、同じく神を敬う人達が集まって来て、礼拝が始まると、心の中にぴんと張り詰めるものを感じる。
 厳かな雰囲気の中で、エーディンは、人々と共に神への祈りの言葉を口にし、賛美歌を歌う。
 エーディンの容姿は人目をひいたので、毎週やってくる麗人ということで、さりげなく人の目を集めていた。毎週会う人には声をかけられ、世間話もするようにもなっていった。
 神父様とも話をするようになり、自分がプリーストであるということを話したことを、きっかけとして、最近では、教会の仕事も少し手伝うようになっていた。
 エーディンも自分たちが世話になっているこの国の人たちの為であるならば、力をつくすことをおしまなかった。
 
 礼拝後、神父様に挨拶に行ったエーディンは「花を造るのを手伝ってもらえないか」と頼まれた。
「花をですか?」
 花を造るということにエーディンは興味を持って詳しく尋ねてみた。
 来週、若い恋人達が教会で結婚式を挙げるという。その時に、飾る清めの造花を造るのを手伝ってほしいということだった。
 二人を祝福するためにも、また神への捧げ物としても、花は欠かせないもの。
 しかし、シレジアの今の季節では生花は手に入りにくい。また、手に入ったとしても、あまりにも高級すぎるので、まだ若くさほど裕福でもない二人には、とても代価を払うことはできないだろうということだった。
 だから、代わりに布を染料で染めたものを使って造花を作るという。
 その話を聞いたエーディンは微笑んだ。
 自分も最近、式を挙げたばかりである。今度結婚するという恋人達へも幸福になってほしい。祝福をこめて、ぜひ造らせて下さいと頼んだ。
 それから、しばらくエーディンの教会通いが続くこととなった。


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